小説で追体験する、大スターの軌跡と宿命。
Culture 2023.01.20
『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』
宿命論者ではないけれど、とてつもない才能を持つ人物に出会うと「きっとこの人には生まれながらにレールが敷かれてあったのだろうな」なんて思ってしまうことがある。もちろん努力も大事だろうが、どうあがいてもその人にはなれないのだ。
ユーミンこと松任谷由実。この日本音楽界の大スター(モンスターといったほうがいいか)が、デビュー以後どのようにスター街道を駆け上ってきたのかはなんとなく知っていても、ではなぜそのような成功を収めたのか、その礎はなんだったのか、というところまではあまり理解されていない。本書は“小説”という形を取りながら、ひとりの少女が徐々にアーティストへの道を歩み始めるまでの姿を克明に描いていく。時代でいうと、彼女の幼少期である1950年代末から最初のアルバム『ひこうき雲』レコーディング中の73年までの十数年だ。
物語は女中に連れられてやってきた山形の田舎の風景で始まり、実家の呉服店を取り巻く両親やきょうだいなどの人間模様、少し浮いた存在だった学校生活、グループサウンズにのめり込んでいく様子、そしてデビューまでのさまざまなエピソードが息もつかせぬテンポで進んでいく。僕らはすでにユーミンがどんな楽曲を生み出したのかを知っているから、「ああ、この曲の原点はここなのか」という発見をしつつ読み進めることができる。物語と並行して時代背景や社会状況が丁寧に記されているので、単なるサクセスストーリーに終わらない。ワクワクしながら黎明期を追体験できるのだ。
この文章を書きながら気付いたのだが、本書の帯にユーミン自身が推薦文を寄せている。「つくづく私は、“ユーミン”以外のものにはなれなかったのだなあ」と。まさに宿命を背負い、なるべくしてなった彼女の実感がこもった一言だ。その原点を理解し、より深くユーミンの楽曲を味わうには、このうえない見事な小説である。
レコード会社勤務後、2年間の中南米生活を経験し、ライター・選曲家に。本誌の音楽連載を長年執筆するほか、2022年発売の『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社刊)も話題に。
*「フィガロジャポン」2023年2月号より抜粋