被害者への取材に求められるのは、揺るぎない信念と大義。

Culture 2023.02.07

細心で粘り強い報道が、女性の世界的連帯を触発。

『SHE SAID /シー・セッド その名を暴け』

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映画のワインスタインは電話口の声ですごみを利かせるだけ。彼は特別なモンスターではない。調査報道の取材の細部描写で、法と金に守られて「チョイワル親父の甲斐性」くらいに居直った「凡庸な悪」と得心できる。

記者という仕事柄、数多くの人を取材してきたが、事件の被害者、なかでも性暴力の被害者への取材は特に難しい。報復に怯え、事件のトラウマに苦しむ女性たちに思い出したくない体験を話してもらうためには、何のために、誰のために報じるのか、揺るぎない信念と大義が求められる。被害者に寄り添いながら、相手の状況によって時には途中で取材を諦めることも覚悟の上で一歩一歩真実に近づいていく──取材する側の力量だけでなく人間性も試される。

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この映画は覚悟と信念を持って性暴力報道に挑んだニューヨーク・タイムズのふたりの女性記者ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの実話に基づいている。加害者はハリウッドで「神」と呼ばれたハーヴェイ・ワインスタイン。その絶対的な権力で約30年間、数々の女優や従業員に性的暴行を繰り返してきたが、報復を恐れてみな口を閉ざしてきた。記者たちは彼の加害そのものだけでなく、なぜ女性たちが告発できないのか、背景にある巨額の示談金や秘密保持契約という構造的な問題まで切り込んでいく。

といっても一筋縄ではいかない。証言者との駆け引き、会社まで乗り込んできたワインスタイン側の恫喝、なかなか見つからないオンレコ(実名で取材に応じること)での告発者……取材過程はさながらサスペンス映画のようだ。

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何よりリアルだったのは、小さい子どもを抱えながら仕事との両立に奮闘する姿だ。世界中に点在する被害者取材に何日も家を空ける出張を上司に指示された時、ジョディが一瞬躊躇するシーンも、産後まもないミーガンがアイデンティティを喪失するシーンも他人事とは思えなかった。

この報道は世界に広まった#MeToo運動の発火点にもなった。時には家族との時間を犠牲にしてでも取材を続けた記者たちの執念は、ワインスタインの被害者だけでなく、世界中の女性たちが声を上げ連帯するうねりを作ったのだ。

文:浜田敬子/ジャーナリスト
1989年、朝日新聞社に入社。新聞、雑誌の記者を経て、2014年女性初のAERA編集長に就任。
その後、独立して文筆、講演、TVのコメンテーターなど広く活動。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社文庫)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)。
『SHE SAID / シー・セッド その名を暴け』
監督/マリア・シュラーダー
出演/キャリー・マリガン、ゾーイ・カザンほか
2022年、アメリカ映画 129分
配給/東宝東和
TOHOシネマズ新宿ほか全国にて公開中
https://shesaid-sononawoabake.jp

新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2023年3月号より抜粋

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