ルーヴル美術館展を通して見る、それぞれの愛のかたち。

Culture 2023.02.28

所蔵作品48万点以上を誇る世界最大級の美術館、ルーヴル美術館。至高のコレクションから「愛」をテーマにセレクトされた絵画が日本にやってくる。『ルーヴル美術館展 愛を描く』を体感することで、さまざまな愛のかたちを目撃したい。


人間の根源的な感情である「愛」。普遍的なテーマである愛にはさまざまなかたちがあり、多くの芸術作品で表現されている。「ルーヴル美術館コレクションから、愛を描いた作品すべてを選び出すことはできないでしょう」とルーヴル美術館総裁・館長のローランス・デ・カール。その莫大な作品の中から『ルーヴル美術館展 愛を描く』のために選りすぐった絵画は73点。プロローグに続く、4つの章に分けて展示される。

Musee-du-Louvre-2302281.jpg

ピーテル・ファン・デル・ウェルフ
『善悪の知識の木のそばのアダムとエバ』

1712年以降 油彩/板 45×35.5cm
パリ、ルーヴル美術館

展覧会の4つの章に先立つプロローグに登場。キリスト教における人類最初の夫婦、アダムとエバが描かれる。この場面は蛇にそそのかされたエバが、神から禁じられていた善悪を知る知識の木の実を口に運ぼうとしているところ。禁断の果実を食べたふたりは裸であることを意識し、恥ずかしくなり、神の怒りに触れて楽園を追放される。神は罰として女性には出産の苦しみを、アダムにはいずれ土に還ることを預言した。

Musee-du-Louvre-2302282.jpg

フランソワ・ブーシェ
『アモルの標的』
1758年 油彩/カンヴァス 268×167cm
パリ、ルーヴル美術館

ギリシャ・ローマ神話では、ヴィーナスの息子であり愛の神でもあるアモル(キューピッド)が放った矢が心臓を射抜くと、恋に落ちるとされていた。キューピッドはさまざまな愛の中で「性愛、恋愛」を司った。この絵は愛が生まれた瞬間を描いたもの。画面上部でアモルが恋人たちに捧げる月桂冠を掲げている。

第1章では主に、ギリシャ・ローマ神話からモチーフをとった「神話画」が展示される。古代ギリシャ・ローマの文化を理想とし、その再生を目指した16世紀、ルネサンスの時代には紀元前のギリシャ・ローマ彫刻が出土するなど、1500年以上も前の文明に注目が集まり、古代ギリシャ・ローマ神話に関する絵が描かれるようになった。多神教であるギリシャ・ローマ神話の神々は、不倫あり、略奪ありと現代の我々から見ると、自らの欲望に忠実すぎるように思える。

「現代では愛のことを個人の間の思いやりや感情的な結びつき、『絆』だと考える人が多いと思いますが、神話画ではそういった側面から愛が描かれることは少ないんです」と国立新美術館の主任研究員であり、本展の日本側監修の宮島綾子は言う。

第2章に登場する宗教画では一神教であるキリスト教を主題に扱ったもの。幼いイエス・キリストを愛おしそうに見つめる聖母マリアなどが描かれる。そのイエスは神の子だが、人間の原罪を浄めるために犠牲となる運命だ。

「ここでの恋愛の目的は結婚して子孫を残すためのものであり、現在の私たちが考えるような愛とは少し違います。親が子を思う愛だけでなく、子が親を敬う愛や、自己を犠牲にしてまでも人々を救おうとする愛が描かれます」と、宮島は続ける。

第3章は17世紀オランダ、18世紀フランスの風俗画が中心だ。その背景には社会的な変化がある。17世紀オランダはヨーロッパ初の共和制となり、王のいない市民社会が実現、富裕な市民階級が現れた。18世紀のフランスでは上流ブルジョアや貴族階級など知的エリートが台頭し、美術愛好家が増えた。自邸に小ぶりな絵を飾りたいという彼らのニーズに合わせて、神や聖人ではなく、市井の人々から貴族まで、現実に暮らしている人々の愛の様相が描かれるようになったのだ。

第4章では18世紀末〜19世紀前半のフランス絵画にスポットを当てる。章タイトルの「牧歌的恋愛」とは羊飼いが長閑な自然で純粋な愛を育むというもの。当時のヨーロッパはフランス革命や急激な都市化など、かつてない社会変動に見舞われた。激動する社会の中で、実際にはあり得ない理想化された田園での恋物語が好まれたのだろう。

一方、この頃盛んになったロマン主義の文学では個人の情熱にスポットを当て、許されざる愛や死といった、悲劇で幕を閉じる物語に注目が集まった。それに触発されたロマン主義の絵画もまた、ドラマティックな描写で見る者の心を掴む。愛のかたちにはいろいろなものがある。画家たちの多彩な表現とあわせて楽しめる展覧会になるだろう。

---fadeinpager---

それぞれの愛のかたち 第1章
愛の神のもとに──古代神話における欲望を描く

愛する者の身も心も自分のものにしたい。ギリシャ・ローマ神話では、そんな強烈な欲望と一体化した愛が描かれる。持てる力を駆使し相手を手に入れようとする、ドラマティックな絵画が並ぶ。

Musee-du-Louvre-2302283.jpg

セバスティアーノ・コンカ
『オレイテュイアを掠奪するボレアス』
1715-1730 年頃 油彩/カンヴァス 77×108cm
パリ、ルーヴル美術館

自らの欲望に忠実なギリシャ・ローマ神話の神々は気に入った女性を誘拐することもある。この絵は白髪の老人の姿をした北風のボレアスが、王女オレイテュイアを連れ去る場面。翼を広げたボレアスはオレイテュイアを抱きしめ、飛んでいく。画面下部ではオレイテュイアと遊んでいた自然物の精のニンフたちが驚き、慌てふためいている。同様の主題はルネサンス以降、多くの絵に描かれた人気のモチーフだった。

Musee-du-Louvre-2302284.jpg

アントワーヌ・ヴァトー
『ニンフとサテュロス』
1715-1716 年頃 油彩/カンヴァス 73.5×107.5cm
パリ、ルーヴル美術館

相手に気付かれないうちに一方的に見るという行為も欲望の表出だ。見る者は強い立場に、見られる者は弱い立場に置かれる。これは人間の身体とヤギの脚を持つサテュロスが、眠っているニンフを見ているところ。ベールをそっと持ち上げて裸体を覗き見るサテュロスの視線には濃厚なエロティシズムが漂う。こちらの主題もティツィアーノやルーベンスら、多くの有名な画家たちが取り上げている。

Musee-du-Louvre-2302285.jpg

ドメニキーノ(本名:ドメニコ・ザンピエーリ)
『リナルドとアルミーダ』
1617-1621 年頃 油彩/カンヴァス 121×168cm
パリ、ルーヴル美術館

西洋絵画では意中の相手を手に入れるため、男性は力ずくで誘拐するなど身体的な強さに頼るのに対して、女性は魔力を使うことが多い。キリスト教徒である十字軍の騎士、リナルドに恋したイスラム教徒の魔女アルミーダは、魔力で彼を誘拐する。イタリアの詩人、トルクアート・タッソの叙事詩『エルサレム解放』から採用された主題。

---fadeinpager---

それぞれの愛のかたち 第2章
キリスト教の神のもとに

男女の愛よりも、親子の愛を重んじるキリスト教。聖母マリアと幼子イエスの間に交わされる情愛、我が子イエスを犠牲にして人類を救う父なる神の愛に、究極の愛のかたちがある。

Musee-du-Louvre-2302286.jpg

サッソフェラート
(本名:ジョヴァンニ・バッティスタ・サルヴィ)
『眠る幼子イエス』
1640-1685年頃 油彩/カンヴァス 77×61cm
パリ、ルーヴル美術館

聖書のさまざまな場面を描く宗教画の中でも、定番中の定番といえる主題が聖母子像だ。この絵はサイズが小ぶりであることから、教会ではなく個人の邸宅で祈りの対象として飾られたと思われる。眠る幼子イエスは、のちに十字架にかけられるという受難を暗示。聖母マリアの憂いを帯びた表情も暗い運命に思いを馳せているようだ。当時の人々はこれらの絵に親と子の理想的な関係を見いだし、自分もこうありたいと願った。

Musee-du-Louvre-2302287.jpg

ウスターシュ・ル・シュウール
『キリストの十字架降架』
1651 年頃 油彩/カンヴァス 直径134cm
パリ、ルーヴル美術館

キリスト教では神が我が子イエスを地上に遣わし、人々の罪をあがなうために十字架にかけられたと説く。神から人類に対する究極の愛だ。この絵は磔刑(たっけい)の後、息絶えたイエスの身体を十字架から降ろす場面。イエスの足に口づけしているのはイエスによって正しい道に導かれたとされるマグダラのマリア。右端では聖母マリアがイエスに向かって右腕を伸ばしている。抑制の効いた表現がかえって悲しみを誘う。

---fadeinpager---

それぞれの愛のかたち 第3章
人間のもとに──誘惑の時代

現実の世界に生きる人々の、愛の駆け引きや誘惑を描く絵画。このふたりはこの後どうなるのだろう、そんなことも気になる作品。想像力が掻き立てられ、見ているだけでもドキドキしてくるはず。

Musee-du-Louvre-23022810.jpg

フランソワ・ブーシェ
『褐色の髪のオダリスク』
1745年 油彩/カンヴァス 53.5×64.5cm

パリ、ルーヴル美術館

18世紀フランスの巨匠ブーシェが描いた、なまめかしい女性像。頰を上気させ、誘うような視線をこちらに向ける。画面中央にふっくらとした臀部(でんぶ)が描かれ、見る者の視線を集める。モデルはギリシャ・ローマ神話の女神でも文学の登場人物でもない、無名の女性だ。彼女が寝そべるトルコ風と呼ばれていたソファなどは、18世紀ヨーロッパの人々がイスラム世界のハーレム(後宮)に対して抱いていた幻想をもとにしている。

Musee-du-Louvre-2302289.jpg

ジャン=オノレ・フラゴナール
『かんぬき』
1777-1778年頃 油彩/カンヴァス 74×94cm
パリ、ルーヴル美術館

扉の閂(かんぬき)に手を伸ばす男性と、彼にしがみつく女性。女性は男性に抵抗しているのか、それとも彼に身を預けているのだろうか。乱れたベッドは愛の営みを連想させ、テーブルの上のリンゴはエバが口にした禁断の木の実を思わせる。緊張感とエロティシズムにあふれる画面は愛の駆け引きとも解釈できるし、道徳的な戒めとも考えられる。ひとつの意味ではなく、さまざまに解釈できるのがこの絵の持ち味だ。

Musee-du-Louvre-2302288.jpg

サミュエル・ファン・ホーホストラーテン
『部屋履き』
1655-1662年頃 油彩/カンヴァス 103×70cm
パリ、ルーヴル美術館

登場人物はいないが、脱ぎ捨てられた部屋履き、鍵が挿さったままの扉……と謎めいたモチーフが愛を暗示する。この家の女主人はどこかで禁じられた誘惑に身を委ねているのだろうか? 消えかかったロウソクの炎は、愛の火が燃え尽きるのを意味しているのかもしれない。人が描かれてないため、登場人物が何人なのか、どんな関係なのかもわからない。さまざまなことを想像させて興味は尽きない。

---fadeinpager---

それぞれの愛のかたち 第4章
19世紀フランスの牧歌的恋愛と、ロマン主義の悲劇

ドラマティックな物語の一場面を描く、ロマン主義・新古典主義の絵画。大人になりきっていない男女の恋の芽生え、純粋な愛で結ばれたふたりが迎える悲劇の結末といったドラマに、思わず引き込まれてしまう。

Musee-du-Louvre-23022812.jpg

アリ・シェフェール
『ダンテとウェルギリウスの前に現れた
フランチェスカ・ダ・リミニと
パオロ・マラテスタの亡霊』
1855年 油彩/カンヴァス 171×239cm
パリ、ルーヴル美術館

14世紀イタリアの詩人ダンテの『神曲』、「地獄篇」に登場するパオロとフランチェスカの悲恋を描く。夫の弟パオロと恋に落ちたフランチェスカはその罪により、亡霊となって永遠に地獄を彷徨っていた。画面の対角線上に描かれた悲劇のふたりは固く抱き合いながら地獄の風に吹かれている。右端にはダンテ、その左側には地獄を案内する古代ローマの詩人ウェルギリウスがもの思いにふけりながら恋人たちを見つめている。

Musee-du-Louvre-23022811.jpg

フランソワ・ジェラール
『アモルとプシュケ』または
『アモルの最初のキスを受けるプシュケ』
1798年 油彩/カンヴァス 186×132cm
パリ、ルーヴル美術館

王女プシュケはその美貌を妬んだ女神ヴィーナスの策略で、夫・アモルの姿を見ることを禁じられていた。ところがある晩プシュケはランプの灯りでアモルの姿を見てしまい、アモルは飛び去っていく。ふたりは試練を乗り越えて再会し、天界で結婚式を挙げる。新古典主義の画家ジェラールの絵は、アモルがプシュケにそっと口づけする場面を描く。頭上の蝶は「プシュケ」がギリシャ語で蝶と魂を意味することから描かれた。

Musee-du-Louvre-23022813.jpg

クロード=マリー・デュビュッフ
『アポロンとキュパリッソス』
1821年 油彩/カンヴァス 192×227.5cm 
アヴィニョン、カルヴェ美術館

アポロンが愛した美少年キュパリッソスの神話は19世紀フランスの新古典主義美術でよく取り上げられる。可愛がっていた牡鹿を間違って殺してしまったキュパリッソスは永遠に嘆き続けたいと神に願った結果、糸杉に変身する。この絵では牡鹿にもたれかかるキュパリッソスをアポロンが優しく支える。中性的な裸体は当時の人々にとって、思春期の若者の理想的な身体表現だったようだ。破滅的な愛を描く、ロマン主義的でもある作品。

宮島綾子
国立新美術館 主任研究員
2007年に開館した国立新美術館に、設立準備室時代から研究員として在籍。専門は17世紀フランスを中心とする西洋美術史。主な担当展覧会に『佐藤可士和』(21年)、『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』(22年)などがある。

text: Naoko Aono

---fadeinpager---

コラボメニューで味わう、さまざまな愛。

会期中、東京ミッドタウン内の複数店舗にて、展示されている作品や愛をテーマにした料理&スイーツが登場する。ぜひ五感で愛を堪能して。

Musee-du-Louvre-23022814.jpg

ガーデンテラス1階にあるトリュフ専門店、アルティザン ドゥ ラ トリュフ パリ。ピンクのルビーチョコレートを使った「~桜とルーヴル パリと東京の融合~」(¥1,200)を提供。

Musee-du-Louvre-23022815.jpg

ハート形のチョコレートにムースやジュレを閉じ込めたザ・リッツ・カールトン カフェ&デリの「ローズLOVE」¥5,200 

Musee-du-Louvre-23022816.jpg

人気パティスリー、トシ ヨロイヅカは、Anjou(アンジェ地方)の名からAnge(天使)にスペルを変えた「Créme d“Ange”Coco」(¥1,500)を用意。

Musee-du-Louvre-23022817.jpg

メレンゲをうつわに見立てたフィリップ・ミル東京の「苺とバジルのマルムラード ムースフロマージュブラン」。ランチコース¥4,620~、ディナーコース¥8,800~より。

Musee-du-Louvre-23022818.jpg

パティスリー・サダハル・アオキ・パリは、薔薇とイチゴがふんわりと香る「ローズ ダムール」(¥847)を供する。
※すべてイートイン時の税込み価格

Musee-du-Louvre-23022819.jpg©日テレ

満島ひかり、“愛”の展覧会の案内人に。

 

『ルーヴル美術館展 愛を描く』の案内人を務めるのは、俳優の満島ひかり。声優の森川智之とともに、音声ガイドも担当する。また、展覧会テーマソング「eden」を盟友・三浦大知とともに制作。満島が作詞も手がけたこの楽曲は「ひかりとだいち love SOIL & “PIMP”SESSIONS」名義でのリリースが決定している。

満島ひかり
1985年生まれ、沖縄県育ち。97年に音楽グループ、Folderでデビュー。俳優を中心に歌い手・執筆・ナレーションなど唯一無二の感性で多彩に活動を続ける。Netflix主演ドラマ「First Love 初恋」が配信中。NHK Eテレ「アイラブみー」(声の出演)も放送中。

 

『ルーヴル美術館展 愛を描く』
国立新美術館 企画展示室1E 
東京都港区六本木7-22-2 
会期:3/1~6/12
営)10:00~18:00 
※金・土曜~20:00 ※入場は閉館の30分前まで 
休)火(3/21、5/2は開館)、3/22 
一般¥2,100ほか 

●問い合わせ先:
050-5541-8600(ハローダイヤル) 
www.ntv.co.jp/love_louvre

*「フィガロジャポン」2023年4月号より抜粋

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

Business with Attitude
Figaromarche
あの人のウォッチ&ジュエリーの物語
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories