マベル・ポブレットの思い描く、海への「畏怖」と「希望」とは?

Culture 2023.03.08

シャネル・ネクサス・ホールにて4月2日まで、キューバ人アーティストのマベル・ポブレットが日本では初となる個展を開催中。「海」、そしてキューバや世界の現実を閉じ込めた彼女の世界観とは?

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Mabel Poblet / 1986年、キューバ生まれ。キューバの現代アートシーンを牽引する若手作家のひとりとして、写真、ビデオ、キネティックアート、パフォーマンス、パブリックアートなど多彩な手法で創作を繰り広げる。2017年にはヴェネツィアビエンナーレのキューバ館でインスタレーションを展示。また、彼女の作品はタンパ美術館やラテンアメリカ美術館、クライスラー美術館等に収蔵されている。

「海」はキューバという国を象徴するものだ。5年前に首都ハバナを取材に訪れた時、それを痛切に感じた。キューバ革命後、長年にわたり地政学的にもグローバル経済的にも半ば孤立状態にあったキューバでは、いまもなお貧困から抜け出そうと新天地を求めて、この海を自力で渡ろうとする移民が絶えることがない。だが肉眼で見えるほど近くに米国フロリダ湾を望むにも関わらず、彼らの多くは目的地に辿り着くことなく海の藻屑と消えていく。

1986年生まれのキューバ人アーティスト、マベル・ポブレットは、フィデル・カストロ政権下のキューバで育った若い世代としてのアイデンティティや世界との繫がりをめぐる自身の経験と思考をもとに創作活動を続けている。

国内初の個展『WHERE OCEANS MEET』では、写真、ミクストメディア、キネティックアート、パフォーマンスを取り入れた映像といった多彩な手法の作品群を、まるで海底の迷宮のように入り組んだ展示空間に散りばめた。そしてさまざまな表現を通して、ポブレットにとって大切なテーマである「水」と「海」を体感させてくれる。

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「ハバナの海岸は私たちにとって日々のさまざまな苦難を乗り越える場所です。水から上がり深い呼吸をする時、人生の浮き沈みについて思いを馳せずにはいられません。移動と旅に憧れる現代のキューバ人にとって、海は私たちの生きる世界を隔てる壁でもあり、人や文化を親密に結びつける橋でもある。私の作品の多くには、水の波紋とそこに漂う身体が現れます。それは無限の宇宙に浮かぶ島々である、私たちの精神のメタファーでもあります」と彼女は語る。

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展示風景より、『PRAYERS』。

たとえば、写真をもとに折り紙で構成された『My Autumn』シリーズの作品『PRAYERS』などでは、無数のイメージの断片を反復させることによって、歴史が折り重ねてきた時間を脱構築しようと試みる。それと同時に、海に砕け散った移民たちの人生をも象徴し、人間の儚さをめぐる考察を表現している。ピラミッド型に折り畳まれた紙片は、自然界の森羅万象が螺旋状に上昇していく普遍的な現象を連想させるが、作家によれば「私自身を取り囲む瞑想の時間を具現化した」と言う。

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ピラミッド型に折り畳まれた写真の断片を重層的に構成し、イメージを作り上げている。

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青のグラデーションに彩られたキャンバスに何百もの小さな花がピンで留められた作品『NON-DUALITY』(2022年)でも、彼女は「海」というものが持つ本質的な多義性を問いかける。

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展示風景より『NON-DUALITY(非 二元論)』 ©️CHANEL

「この花々は、移民たちの船出の幸運を祈って海をつかさどる女神に捧げる供物であり、命を落とした犠牲者のため海に投げ込まれた追悼の花輪でもあります。キャンバスの裏にはコンセプトを暗示する文字が隠されています。学生時代に絵画や彫刻を学びながら、アートの本質はイメージなのか言葉なのか、思い悩んだ時期がありました。それから精神面の変化を経て、より抽象化された象徴的な表現を選ぶことが多くなりました」

本作では、おびただしい数のアセテート製の花にリサイクル素材を使用していると言う。キューバでは長年の経済制裁による物資不足で、作品の素材やツールを手に入れることが困難だ。アーティストたちは廃材や日用品など限られた素材を駆使し、自身のアイデアを具現化するための創意工夫する力を鍛えられる。

一方で、医師であるチェ・ゲバラや法律家であるカストロといった知識人の指導により建国されたキューバでは、教育の機会は平等であり、ほぼ無料で高い教育や優れた文化芸術を享受できる。ポブレットも劇団の演出家である父と建築家の母のもと、幼い頃からバレエや音楽などさまざまな習い事を経験し、豊かな教育を受けてきたそうだ。

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本展会場の中央にはインスタレーション作品『ISLAS』(2022年)が設えられている。鏡と写真の断片が繋げられ吊るされたブルーの洞窟に身体ごと没入し、万華鏡の内部をかき分けながら先へ進もうとすると、思いのほか角張った障害物は身体に当たり、糸が絡まって行く手を阻む。

「これまで海を渡ろうとして危険を冒し、世界各地の海辺に打ち上げられた移民の物語を疑似体験してほしい。彼らの破壊された人生の絶望に共感するか、自身の人生の体験に立ち返るかはその人の捉え方次第です」とポブレットは語る。

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作品の中に没入していく『ISLAS』。 ©️CHANEL

震災と津波を経験した私たち日本人がすでに知っているように、「海」や「水」は時に恵みや癒しをもたらし、時に災禍をもたらす。それは自然の摂理であり、またポブレットの作品世界の根幹にある、物事の多義性に対する中立的視座にも通ずるものだ。

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NFTを活用した動画作品『SUBLIMATION』。

「この展覧会のもうひとつのキーワードは『希望』です」と彼女はきっぱりと語ってくれた。マベル・ポブレットはその創作活動を通して、まさに岐路に立つ今日の世界の映し鏡ともいえるキューバの社会と自身の体験を人々と共有し、世界の行方を暗喩する寓話を静かな詩性をもって語りかける。

『WHERE OCEANS MEET』マベルポブレット展
シャネル・ネクサス・ホール
東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング 4F
会期:開催中〜4月2日(日)
営)11:00〜19:00(最終入場18:30)
入場無料
●問い合わせ先
シャネル・ネクサス・ホール事務局
TEL:03-6386-3071
https://nexushall.chanel.com/program/2023/mabel/

※本展は、4月15日(土)から5月14日(日)まで開催されるKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2023に巡回予定
www.kyotographie.jp

 

text: Chie Sumiyoshi photography: Mirei Sakaki

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