KYOTOGRAPHIE 2023 11th Edition 海という境界線を見つめる、希望と祈りの表現。
Culture 2023.04.27
京都を舞台に開催される国際的な写真祭KYOTOGRAPHIE。初開催から11周年を迎えた今年のテーマは、BORDER=境界線。今回の展覧会に出展した6人の女性アーティストにインタビュー、彼女たちが向き合う“境界線”とその表現に迫る。
Mabel Poblet
マベル・ポブレットは現代キューバのアートシーンを牽引する若手アーティストのひとりだ。1986年生まれの彼女は、カストロ政権下のキューバで生まれ育った「革命を知らない」世代のアイデンティティや世界との繋がりを巡り、彼女自身の経験と思考をもとに制作してきた。
今年のKYOTOGRAPHIEの総合テーマ「境界線」は、まさにポブレットのためにある言葉である。「境界」という概念は、いまなおキューバの人々にとって重要な意味を持つからだ。キューバ革命後、長年にわたる経済制裁下にあり、地政学的にも経済的にも半ば孤立状態にあったキューバでは、現在も貧困から抜け出すため、小型漁船や手作りのボートで新天地を求めて海を渡ろうとする移民が絶えることがない。ハバナから肉眼で見えるほど近くに米国フロリダ湾を望むにも関わらず、彼らの多くは目的地にたどり着くことなく海の藻屑と消える。キューバ国民にとって、海は深く長大な「境界線」そのものなのだ。
『WANDERING, 2022/My Autumn series』 2022年 All photos courtesy of Alejandro Gonzales
「水から上がり深く呼吸する時、人生の浮き沈みについて思いを馳せずにはいられません。移動と旅に憧れる現代のキューバ人にとって、海は人や国を隔てる壁でもあり、文化を親密に結びつける架け橋でもあります。私の作品の多くには、水の波紋とそこに漂う身体が現れます。それは無限の宇宙に浮かぶ島々である、私たち個人の精神のメタファーでもあります」とポブレットは語る。
本展では、写真、ミクストメディア、キネティックアート、パフォーマンス映像といった多彩な手法の作品群を、まさに海底の迷宮のように入り組んだ展示空間の中にちりばめていく。
たとえば、写真をもとにした無数の折り紙で構成された作品シリーズでは、イメージの断片を反復することで、歴史が折り重ねてきた時間を脱構築しようとする。それは同時に、海に砕け散った移民たちの人生と人間の儚さを象徴する。
『SUBLIMATION, 2022/Buoyancyseries』 2022年 All photos courtesy of Alejandro Gonzales
青のグラデーションに彩られたキャンバスに何百もの小さな花がピンで留められた作品『NON―DUALITY(非二元論)』(2022年)では、海という大いなる存在に宿る多義性を問う。
「移民たちの船出の幸運を祈って海の女神に捧げる花であり、命を落とした犠牲者のために海に投げ込まれた追悼の花でもあります。実はキャンバスの裏に、コンセプトを暗示する文字が隠されています。学生時代、絵画や彫刻を学びながら、アートの本質にあるイメージと言葉について考察を深め、より抽象化された象徴的な表現を選ぶことが多くなりました」という。
---fadeinpager---
展示空間を繋ぐエリアには没入型の大型インスタレーション『ISLAS』(22年)が設えられる。鏡と写真の断片がビーズのように吊るされた青い洞窟に身体ごとダイブし、万華鏡の中をかき分けて進もうとすると、それらの障害物が身体に当たり、糸が絡まって行く手を阻む。
「世界各地で海を渡ろうと危険を冒し、浜辺に打ち上げられた移民たちの悲劇を疑似体験してほしい。破壊された人生に共感することもあれば、観る人自身の人生に立ち返ることもあるでしょう。作品の捉え方は人それぞれです」と語る。
『BELOW THE HORIZON, 2022/Travel Diary series』 2022年 All photos courtesy of Alejandro Gonzales
私たち日本人が震災と津波を経て痛感したように、「海」は時に恵みや癒しをもたらし、時に災禍をもたらす。それはポブレットの作品世界の根幹にある、物事の多義性に対する中立的視座にも通ずる、自然の摂理である。ポブレットは自ら手を動かして作り上げたさまざまな作品を通して、彼女にとって大切なテーマである「水」と「海」を観る人に体感させる。そして現代の世界が直面する問題をすでに経験してきたキューバ社会と自身の物語を、静かな詩性をもって語りかけるのだ。
マベル・ポブレット
1986年、キューバ・シエンフエゴス生まれ。世界各地で150 以上のグループ展や20 以上の個展を開催しているほか、国際アートフェアにも参加。2017年、第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では「Scale of Values」が展示され注目を集める。
「WHERE OCEANS MEET」
Presented by CHANEL NEXUS HALL
京都文化博物館 別館
京都府京都市中京区三条高倉
料)一般¥1,200
*「フィガロジャポン」2023年6月号より抜粋
text: Chie Sumiyoshi