長雨の中でも絶対映画館で観たい! 今月の映画3選。
Culture 2023.06.02
友人間の「代理出産」が招く、思いがけない愛のあや織り。
『ふたりの女、ひとつの宿命』
1936年、ユダヤ系ハンガリー人イレーンの生活は慎ましく、頼みは裕福な友スィルヴィアの援助。ある日、不妊に悩むスィルヴィアが代わりに軍人の夫と寝て子を産むよう、イレーンに嘆願する。誉れ高い大尉=友人の夫とイレーンの間に不覚にも恋が兆し、ナチス台頭のキナ臭い世相と清澄な雪景色をバックに、三角関係は甘美で苦い背徳性と悲劇性を帯びる。劇の軸を成す、女の友情を踏み越えたシスターフッドは、このパイオニア的女性監督の作品を貫く特色だ。その初期代表作5本が約半世紀を経て「メーサーロシュ・マールタ監督特集」として日本初公開。本作では、若くて上昇気流に乗ったイザベル・ユペール(イレーン役)の、ひんやりとした理知とエレガンスを堪能できる。
監督・共同脚本/メーサーロシュ・マールタ
1980年、ハンガリー・フランス映画 105分
配給/東映ビデオ
5月26日より、新宿シネマカリテほか全国にて順次公開
---fadeinpager---
ハラスメント調査に基づき、内から黙殺体質を炙り出す。
『アシスタント』
某有名映画制作会社の就職が叶い、ジェーンは会長に近い部署に就く。ニューヨークのビル街やオフィスの日常を捉えた、端正な構図と寒色系のトーン。映画はその無機質な空間に、下積みの彼女が体験する微細な違和感を積み上げる。会長の妻の小言への応対など、理不尽な役回りでの「使えないな」という威圧感。地方から出てきた業界未経験の新米女性と会長の不自然な会合を問うと、上司いわく「将来を棒に振るな」。#MeToo運動の契機となるワインスタイン事件がまず浮かぶが、新鋭女性監督は多数の事案を周到にリサーチしてこれを再構築。知ってて知らぬふりを賢い大人の態度とみなす組織のハラスメント容認体質が、総毛立つ感覚で身に迫る。平静ゆえの告発の真実味。
監督・脚本・製作・共同編集/キティ・グリーン
2019年、アメリカ映画 87分
配給/サンリスフィルム
6月16日より、新宿シネマカリテほか全国にて順次公開
https://senlisfilms.jp/assistant
---fadeinpager---
ウクライナ戦争勃発以前に、「戦時下」を生きた妻の不屈。
『世界が引き裂かれる時』
2014年夏、ウクライナ東部上空を飛行中の外国の民間機が誤認・撃墜された実話のもと、親ロシア分離主義勢力との対立の深まりを、ドンバスの村に住み、家を誤爆された牧畜夫婦の営みを基点に描く。乗客救助が任務の親ロ派傭兵におもねり、夫は牧牛を食肉にして供する。他方、妊娠後期の妻との夕飯は缶詰しかない。壁の大穴は台所と朝焼けの原野を地続きにし、どこか超現実的。けれど、封鎖された村を出られない現実が眼前に。戦いが終われば穴に大きな窓をはめたい、と夫婦は夢見る。その裏腹に、孤立無援の中、破水した妻イルカが自力出産に臨む渾身の長回し撮影は圧巻。胸をえぐる衝撃がある。ウクライナ戦争直前に初披露され、以後、予見的作品として世界が喝采。
監督・脚本・製作/マリナ・エル・ゴルバチ
2022年、ウクライナ・トルコ映画 100分
配給/アンプラグド
6月17日より、シアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開
www.unpfilm.com/sekaiga/#modal
*「フィガロジャポン」2023年7月号より抜粋
text: Takashi Goto