「どんな映画にも"魔法"がかかっている」名優マッツ・ミケルセンが語る映画界のいまとは?

Culture 2023.06.30

マッツは恐れを知らない自由人だ。彼の魅力は「インディ・ジョーンズ」シリーズの悪役も、作家性の強い映画での難解な役も、見事にこなしてしまう振り幅の広さだろう。

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第76回カンヌ国際映画祭でのマッツ・ミケルセン。(2023年5月18日)photography: Abaca

『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)ではジェームズ・ボンドの敵、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)では狡猾な科学者、『ドクター・ストレンジ』(2016年)や『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(2022年)では悪役。そしてインディ・ジョーンズシリーズ最新作の『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(ジェームズ・マンゴールド監督、2023年6月30日全世界同時公開)では主人公の宿敵を演じている。この15年余りでデンマーク出身の俳優、マッツ・ミケルセンは数々の人気超大作で悪役(もしくはその他のキャラクター)として不敵な笑いをみせ、世界中の観客に存在を印象づけた。同時に尖った映画ファンからも一目置かれている。それは彼がヨーロッパの同世代俳優の中でも役柄選びにとりわけ大胆だからだ。死刑執行人から被害者まで等しく演じ分ける能力を持ち、個性の強い監督たちから高く評価されている。

最初に注目されたのはニコラス・ウィンディング・レフン監督の『プッシャー』(1996年)だった。アルノー・ドゥ・バリエール監督の『バトル・オブ・ライジング コールハースの戦い』(2013年)で2014年セザール賞主演男優賞にノミネートされ、トマス・ヴィンターベア監督の『偽りなき者』(2012年、第65回カンヌ国際映画祭主演男優賞受賞)では小児性愛者の濡れ衣を着せられた教師を、ふたたび同監督とタッグを組んだ『アナザーラウンド』(2020年)ではしがない高校教師役を演じた。この作品は第93回アカデミー賞国際長編映画賞を獲得した。

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魅惑の男マッツ

要するにマッツ・ミケルセンは“ポップコーンエンターテインメント”超娯楽大作も作家性の高い映画もこなす。金儲け主義のハリウッド映画に出ていても「マッツなら」とインテリ層から一目置かれ、ダークなカリスマ性とチャーミングな気さくさを併せ持つ、そんな俳優なのだ。そして複数の調査結果によれば、デンマークで最もセクシーな男性でもあるらしい。まさに魅惑の男マッツだ。この日は第76回カンヌ国際映画祭でコンペ外作品として上映された『インディ・ジョーンズ』最新作のプレゼンターを務めていた。近寄り難いオーラで取材陣が及び腰になっていると、フランクな物言いでハリウッドにおける自分の立ち位置を語り、場を和ませた。「この外国訛りはもちろん悪役をやるのに役立つよ。外国からやってきた悪人というのが安心感を与えるらしい」とおなじみの笑顔を見せながら言う。

「どんな映画にも魔法はある」

マッツ・ミケルセン

「北欧暮らしに何の問題もなかったけれど、007映画のオファーを断るわけにはいかないよね。米国で自然に名前が売れるんだから。自分から仕掛けたわけじゃないし、大西洋の向こうで仕事しなくても構わないけれど、とりあえず楽しむことにしている。どんな映画にも魔法はあるからね」と言う。しかも今回は『インディ・ジョーンズ』だ。コペンハーゲンで育った少年時代、兄のラースとビデオでむさぼるように観ていた映画シリーズなのだ。最新第5作でマッツが演じるのは主人公の宿敵である元ナチスという役柄だ。「(ハリウッドの)スタジオ側はやや想像力が欠如しているかもしれない。ヒット作でこいつはイケてるとなると、同じことをやらせたがる。スタジオにとって僕はバッドガイなのさ! ヨーロッパのアプローチ法は根本的に違う。監督が僕に期待しているのはこれまでにない新しい顔を見せることだ」と欧米の違いを分析してみせた。いずれにせよ「マッド・マッツ」(彼のあだ名)はどんな世界にも楽々と適応する。

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ダンスから映画へ

柔軟な適応力は偶然に導かれた経歴ゆえだろうか。父は銀行員、母は看護師の家庭で育ち、子どもの頃は俳優に興味はなかった。「スポーツ少年だった。大好きだったのは試合でのドラマチックな駆け引き。その点は俳優と相通じるものがあるかもしれない」と振りかえる。ハンドボール、テニス、バスケットボール。さらに体操競技がきっかけでダンスの道へ。8年間、プロのダンサーとしてやっていた。「踊っていて楽しかったのは共感できる物語や感情を表現するときだけ。単に美しいだけの踊りは退屈だった」

やがて演劇に転向し、役が付きはじめた頃、のちに親友となる映画監督のニコラス・ウィンディング・レフンと出会い、『プッシャー』(1996年)のトニー役に抜擢された。それからの10年でマッツは母国の人気俳優となった。「急に有名になって、アメリカ映画や、ブライアン・フラーが企画したテレビドラマの『ハンニバル』シリーズ(2013年)でさらに売れた(ちなみに今年はブライアン・フラーの監督作品『Dust Bunny』に出演予定)。でも、自分のイメージやスターシステムを気にすることなく普通に暮らすことを心がけてきた」

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型破りのスター

たとえば、ハリウッドで暮らそうとは思ったことはない。振付師の妻との間には子どもが2人、1992年と1997年に生まれている。ハリウッドのメジャースタジオから声がかかった時、子どもたちは学校に通う年齢だった。子どもたちは母国で育てたい。「有名になるというのは自分の仕事に付随するものに過ぎず、有名になること自体が目的ではない。そんなことに左右されるべきではない」とマッツ。発言の自由もそうだ。マッツがSNSを避けるのは物事が単純化されてしまうからという理由だが、インタビューでは自由に発言している。「炎上を恐れて私たちは言葉を慎みがちだ。だが、パラノイアに屈して、クリーンで制限のある考えしかない世界に生きたくない。今日、ニュアンスのある発言は許されず、疑わしいもの扱いだ。何事も断言して判断をくだし、論議できなくてはならない。それは危険なことだ。どのようなものであれ、単一思想は決して幸せな結果をもたらさない。難しい時代だ。映画を含め、あらゆるものが政治がらみでうんざりする」

パラノイアに屈して、クリーンで制限のある考えしかない世界に生きたくない。

マッツ・ミケルセン

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複雑な役柄

メッセージ性のある映画には興味ない。女性監督と仕事をすることもどうでもいい。「興味があるのは人、そして自分の思考体系がどこから来るのか問いかけるようなストーリーだ。“2023年流モラル”を掲げる映画、あるいはイメージが良くなるから女性監督と仕事をするなんていうのは願い下げだ。相手が男性か女性かは問題じゃない。大切なのは良いかどうかだけ」と語る。時代に敏感なマッツはしかしながら女優が不利な立場であることも認識している。「不公平なのは明らかだ。80歳のハリソン・フォードが主役の冒険家を演じても受け入れられるし、むしろやってほしい、クールだと言われる。確かにそれはそうだ。だが同世代の女性はそんなチャンスに恵まれない。自分はメリル・ストリープやヘレン・ミレンの映画を見たいけれどね! 絶対にこのシステムを見直すべきだ。彼女たちのためのストーリーが必要だ。それもくだらない、中年女性3人組が人生を振りかえるだの、最後の仲良し旅行に行くなんてコメディじゃなく。彼女たちの才能に見合った複雑な役柄じゃないと!」本人も意図せずして最後はなかなか政治的な話だった。

text: Marilyne Letertre (madame.lefigaro.fr)

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