「永遠のひと、ジェーン」ジェーン・バーキンの長年の友人、村上香住子からの追悼文。

Culture 2023.07.18

文/村上香住子(文筆家)

その日、赤く燃え立つような日没の光景を、一色海岸のビーチハウス「ブルームーン」で、友人たちとうっとり見惚れていた。黄金色の光がゆるやかに海岸を染めていく。まさにフランス語の表現では「犬と狼の間」と表現される時刻だった。昼でもなく、夜でもない、という意味だ。

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2017年、来日したジェーン、シャルロットと祇園にて。photograpy: Kaumiko Murakami

それはほんの一昨日のことだった。海辺で見事な一日の終幕を見終わって帰宅してからだ。ジェーン・バーキンの訃報を知ったのは。しばらく茫然としていた。現実とは思えなかった。そして胸の奥で、何かが音もなく崩壊するのを感じた。

それから涙があふれるのを止めることができなくなったが、ふとジェーンだったら、こんな情けない女の光景は大嫌いだったに違いない、と思い始めた。どんな時も誇り高かったジェーン、他人に媚びず、弱みもみせず、凛として格好よく生きたジェーン。重い病に打ちのめされながらも、何度も、何度も不死鳥のように立ち上がり、病気になってどこがいけないの、すぐに回復してコンサートを続けるからいいでしょう? そんなことを言っていた極上の格好いい女、永遠のひと、ジェーン。彼女の旅立ちを見送るのに、涙なんか相応しくない。そんな風に思い始めた。

女性だって、欲望の赴くままに生きて、愛する人に夢中になり、また新しいパートナーを見つけて、どこがいけないの? ジェーンは私たちにそう語りかける。女性だって男性と同じよ。格好よくなければ、退屈だし、つまらないわ。そんな風に考えていたのではないだろうか。そんな気もする。だからこそ年代を越えて、私たちに夢と憧れを与え続けたのではないか、と。

ジェーンは、スタイリッシュなファッションアイコンだっただけではなかった。私たちは彼女の生き方そのものを、そのすべてを愛していたのではないだろうか。

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6月末、モンタランベール・ホテルで会ったシャルロット・ゲンズブールは、どこか閉ざされた表情をしていた。久しぶりに再会したというのに、以前のように大袈裟に笑いながら抱き合うこともなく、低い声でことば少なに、母親の病状が片時も目が離せなくなった、と語った。だから彼女が初監督したドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』が日本で封切りになるのに、そのための来日は不可能になったというのだ。

その様子からして尋常でない状況だと分かったのに、それでもまだどこかで一時的に病状が悪化しただけだ、と信じたかった。これまで奇跡的な回復をしてきたジェーンだし、きっと秋口のコンサートまでには、回復するのではないか。どこかでまだ希望を捨てていなかったので、その訃報は衝撃だった。ジェーンの逝去を知った私は、まるで置き物のようにじっとしたまま、明かりも点けない居間に座っていた。

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初めてジェーンに会った頃、彼女はセルジュ・ゲンズブールと暮らしていたヴェルヌイユ通りの家を飛び出し、映画監督のジャック・ドワイヨンと同棲していて、ふたりとも家庭を持っていたのに新たな恋に人生を賭けていた時期だった。潔く、生一本なジェーンは、新進気鋭の監督に夢中だった。

1980年代、パリに来たばかりの私は、高級住宅地16区の路地裏にあった一軒家を取材で訪れる時は、当時パリ中の話題を独占していた話題の熱愛カップルのオーラに、すっかり圧倒されたものだ。日本なら不倫の恋、と騒がれるところを、ジェーンは恋の相手はまだ家庭を捨ててはいないのに、堂々として自分の選んだ相手を紹介して、ジャーナリストの応対をしていた。

自分のこころの赴くままに正直に生きるというスタイルは、その頃から確立していたようだし、ジェーンは女性として誇り高く、それをマスコミの前でも隠そうとはしなかった。やはりそうしたところが、ジェーンの強烈な個性だったのかもしれない。

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ケイト・バリー、シャルロット・ゲンズブール、ルー・ドワイヨン。ジェーンがこの三人の娘たちに、なんとかして均等に愛情を分け与えたいと日々配慮していたのを、彼女の近くで何度か目撃したことがある。誰かに何か特別なことをしてあげたら、必ず他の娘にも何かしてあげたい、常にそう思っていたようだ。孫たちにも、同じように。

それでも家族間では、勘違いが起きてしまう。8月4日にヒューマントラストシネマ有楽町で封切りになるシャルロット・ゲンズブール初監督のドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』を観たが、ジェーンは、娘シャルロットが自分よりもセルジュ・ゲンズブールの方が好きなのだと思い込んでいたし、シャルロットは、母ジェーンは、自分より長女のケイトを愛していたと思い込んでいた。この映画も、女性たちの間で波紋を広げるに違いない。

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2017年、祇園にて。photography: Kasumiko Murakami

あれほど真心があり、素朴で、あたたかいものを内に秘め、新しい生き方をしている素敵な女性には、もう二度と会うことはないだろう。

いま、シャルロットから「お葬式は月曜日に。あなたにキスを」とショートメールがきた。行けるかどうかは分からないけど、こころはパリに。

村上香住子
フランス文学翻訳の後、1985年に渡仏。20年間、本誌をはじめとする女性誌の特派員として取材、執筆。
フランスで『Et puis après』(Actes Sud刊)が、日本では『パリ・スタイル 大人のパリガイド』(リトルモア刊)が好評発売中。

連載:猫ごころ 巴里ごころ

Instagram: @kasumiko.murakami 、Twitter:@kasumiko_muraka

 

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