デプレシャン監督の最新作は、"姉と弟"がテーマ。

Culture 2023.09.21

息の合うコメディセンス、大人の色気の競演に酔う。

『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』

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頼りなくて庇護すべき存在だった弟ルイが10年かけて詩人として成功するや、舞台女優の姉アリスは憑かれたような憎しみを抱く。両親の大事故がもたらす再会のためらいと軟着陸ぶりに、破顔一笑の解放感がある。

同じきょうだいでも、兄弟や姉妹や兄妹に比べて姉弟という日本語はなぜか座りが悪い。『クリスマス・ストーリー』のデプレシャン監督が新作でクローズアップするのは、この座りの悪い関係である。映画にかぎらず、きょうだい間の愛憎を描く物語は多いが、こと姉と弟の関係に焦点を合わせた作品となると意外に思いつかない。もちろん、コクトー原作の『恐るべき子供たち』がある。近親相姦の香りを漂わせた一種の共犯関係を神秘的オーラで包んだこの作品は、『エリザとエリック』『孤独な天使たち』といったフォロワーを生み、それ以来、姉と弟の物語といえばティーンエイジャーが主役と相場が決まっている節さえある。ところが本作の主役は五十路を迎えつつある女優の姉と詩人の弟だ。映画が始まった時点でなぜかふたりは激しく憎み合っているが、その原因ははっきり説明されない。問題解決の鍵はふたりの過去にではなく、ふたりのこれからの中にしか見つからないというかのように。こうして映画は姉と弟の来るべき「出会い」に向かって一気に走り出す。

本作はさしずめ姉と弟というありえないカップルを主人公とするロマンティック・コメディだ。たとえばスーパーでのふたりの傑作な再会シーンの可笑しさは、往年のハリウッド製ロマンティック・コメディの味わいにかぎりなく似ている。大人の色気とコメディセンスをともども備えたマリオン・コティヤールとメルヴィル・プポーはこのジャンルにうってつけの俳優たちだ。『エディット・ピアフ 愛の讃歌』や『アネット』といった作品に続きスターを演じるコティヤールは、華麗な見栄をここぞというところで見事に切って酔わせる。子役や若者役で名を馳せたプポーの顔に刻まれたセクシーな皺は、過ぎ去った年月の重みを感じさせてぐっとくる。「大人であるとは?」をテーマとし、大人の俳優の演技を味わうべき大人のための映画。

文:石原陽一郎 / フランス文学者、翻訳家
ボードレールらの美術批評を源流に、フランスの映画批評史を研究。訳書にカヴェル著『眼に映る世界』『幸福の追求 ハリウッドの再婚喜劇』(ともに法政大学出版局刊)、ガリーノ&シアーズ著『脚本の科学』(フィルムアート社刊)ほか。
『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』
監督・共同脚本/アルノー・デプレシャン
出演/マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、パトリック・ティムシットほか
2022年、フランス映画 110分
配給/ムヴィオラ
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国にて公開中
https://moviola.jp/brother_sister/#modal

*「フィガロジャポン」2023年10月号より抜粋

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