アイナ・ジ・エンドと松村北斗、彷徨う心と儚い想い。
Culture 2023.10.07
岩井俊二の最新作『キリエのうた』で初共演したふたり。鮮烈な青春時代を生きた登場人物への想いとともに、自身の恋愛観を語ってもらった。
「恋って最高じゃないですか。でも、表現するとなるとちょっと難しい。歌詞を書く時に、自分の体験を反映することはありますが、恋愛の話はあまり上手く書けなくって。なので、犬に対して思っていることを人間の恋愛にたとえて書いたり、妄想で書いたりしています。自分の恋のことは、自分の心の中に閉じ込めて、自分だけのものにしていたいんです。人に知られたくない、表現で昇華させてしまいたくない」(アイナ・ジ・エンド)
「恋愛って、なんだろう……すごく“ギガ数食うもの”という感覚ですかね。ギガ数を食うものって、なんでもおもしろいじゃないですか。YouTubeも楽しいし見たいけど、自分の持っているギガ数を考えると、いま見ると残りのギガ数がヤバイと思いますよね。10代の頃は、そんなこと気にしなかったんですが、いまは持っているギガ数が限られていることを意識しちゃって。仕事に時間をかなり使うので、恋愛はギガ数を食いすぎるやっかいな存在、という感じです」(松村北斗)
今年6月に惜しまれながらも解散した“楽器を持たないパンクバンド”BiSHのメンバーとしてカリスマ的な人気を誇るアイナ・ジ・エンドとSixTONESのメンバーとして活躍する松村北斗。恋愛に関して対照的な価値観を持つふたりは、岩井俊二監督の最新作の“音楽映画”『キリエのうた』で初共演を果たしている。
思春期の男女を描かせたら岩井俊二の右に出るものはいない。彼の映画に登場する人々は、キラキラした青春を謳歌している若者たちではなく、光の影でうずくまり、蛹から蝶になる時に生じる脱皮の痛みに叫び声を上げながらも懸命に生と向き合う未熟な人間たちであり、その生々しいポートレートに観客は惹きつけられる。
そんな岩井監督の作品に以前から憧れていたというふたりが『キリエのうた』で演じるのは、歌うことでしか“声”を出せない路上ミュージシャンのキリエ(アイナ)とそんなキリエと運命的な絆で繋がる夏彦(松村)。ふたりは、13年間にわたる人生の旅路において、さまざまな恋や愛、あるいは、恋や愛とも呼べないような複雑な人間関係を目撃し、自らも体験する。
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岩井俊二らしさがあふれる、人物のリアルなダサさと危うさ。
「ファンという立場からすると、台本を読んだ時から、岩井俊二の匂いがぷんぷんして興奮しました。ダサさと危うさが共存している感じ。ただ、実際演じることを考えると、人間関係が複雑で、一度読んだだけではわからないところもありましたし、果たしてこの役を自分が演じきれるのか、不安もありました。余白の部分も多かったので、演じる際は岩井監督にこれはどういう会話なのか、とか丁寧に聞きながら演じたことも多かった。完全にネタバレになってしまうので詳細は語れませんが、共感という意味では、“こういうことってどこかで見たことがある”といった感覚を持つリアルなシーンばかりでした」(松村)
裕福な家庭に育った夏彦は、父と同じ医師となるべく医大に進学することが決定しているが、恋人を失ったことにより、人生が一変してしまう。優等生である夏彦だが、「正解」を出し続ける人生を歩んでいるわけではない。強引な告白に引きずられて付き合った恋人が、ある日突然、目の前から消えてしまったことにより、自責の念に押しつぶされそうになり、迷路を彷徨う。
「夏彦が彼女に対して、最初それほど想いがなかったというのは、重要な点だったかなと思います。そういうふたりが、ある意味人生の果てまでたどり着いてしまった。観客が完全に同情してしまうような人間に夏彦を描いていない。そのどろっとしたところがいいなと思いました。間違った表現かもしれないけど、あの災いがなかったらあんな情熱的に突っ走ったりしなかったろうし。強烈なひとつひとつの経験が積み重なって、自分の恋や人生の脆さみたいなものを思い知った。彼にとって、彼女との経験はある意味、失敗だったのかもしれないけれど、そんなことは口にもできない」(松村)
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別れ際「寂しい」を言えるのが、恋人と友人との違い。
相思相愛とは言い切れない複雑な恋愛関係にむしろリアリティがある。
「恋人か友人か、未分類の時期がありますよね。未分類から、何かがあって分類されていく、みたいな。恋愛関係って、100%想い合うってことはほとんどないのかもしれないけれど、お互い満たし合う要素がリンクする可能性はあると思うんです。だから、恋愛ってきっときっかけが大事なんじゃないか、と。何かのきっかけで始まって、情が入っていく。そういう“きっかけ”があったかなかったかで、運命の人が決まる。友情ってもっと間口が広いもの。ただ、自分的には、友情から愛情に発展することはない気がします」(松村)
「めちゃめちゃその考えに共感しますね。たとえば私の場合、友だちと一緒に居て、バイバイする時に『寂しい』って言いたいけど、自分だけが一方的に感じていたら嫌だなと思っていて、平然とした顔で帰ることがよくあるんです。でも、恋愛関係にある人なら、『寂しい』って素直に言える。心をさらけ出せるというか。だから、恋人をはっきりと定義することは難しいけれど、友だちとは全然違う存在だと私は思います。会った瞬間はわからないんですけど、時間を経て、この人になら割と自分を見せられるかもな、っていうのが変わってくることもありますね」(アイナ)
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彼は言葉では表せない、いちばん近くて愛おしい存在。
映画の中の登場人物たちは、思春期に過酷な体験をしたことによって、平穏な青春時代を失った人々だ。だから、なおさら恋人でもなく、親友とも呼べないが、強烈な絆で結ばれている。
「ひと口に恋人と言っても、自分のことを全部わかってくれているという恋人だったり、ただ自分が追い続けている恋人だったり色んなタイプがいると思うんです。夏彦は、私が演じた役の人物にとって自分の心にめちゃくちゃ近い存在。恋人っていうより、すごく近い人、すごく愛おしい存在なんじゃないかと思うんですよね」(アイナ)
アイナが演じる主人公は、あまりにも重い経験を背負い、現実をサバイブしていくのに必死で、恋愛からは距離を置いているようにも見える。
「彼女は恋愛を知らない時期に、悲惨な経験をしてしまって、恋という感情をまだ知らなかったのだと思います。夏彦に対しても、自分は彼に何をしてあげられるのだろうか、彼に着いていくのは邪魔じゃないかとかあれこれ考えてしまう。彼女がこれから恋ができるかどうか、それはわからないですね。大事な人に心配をかけたくない、という思いを抱いて生きてきた彼女は、人に頼りたいけど頼れない人生が続くと思います」(アイナ)
石巻、大阪、帯広、東京と、岩井俊二にゆかりのある地を舞台に繰り広げられる、愛と音楽の物語。音楽家、小林武史とアイナ・ジ・エンドがタッグを組み制作した劇中歌にも注目だ。●原作・監督・脚本/岩井俊二 ●出演/アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木 華、広瀬すずほか ●2023年、日本映画 ●179分 ●配給/東映 ●10月13日より全国公開
https://kyrie-movie.com
*「フィガロジャポン」2023年11月号より抜粋
interview & text: Atsuko Tatsuta ©︎2023 Kyrie Film Band