俳優・稲垣吾郎、鬱々とした日々をおくる孤独のカメラマンに。舞台『多重露光』が開幕!
Culture 2023.10.07
横山拓也作、眞鍋卓嗣演出による舞台『多重露光』が開幕した。主演は稲垣吾郎。映画やテレビドラマでの華やかな活躍が印象的だけれど、舞台での彼も、独特の存在感を見せてすこぶる魅力的だ。今回演じるのは、写真館の2代目店主。カメラが大好きという稲垣にぴったりの役柄だろう。初日開幕直前に公開された舞台稽古では、一筋縄ではいかない孤独感、閉塞感に苛まれる男性をごく自然に、嫌味なく演じ、横山の深みある戯曲にさらなる奥行きをもたらす。
演劇ユニットiakuを率いる劇作家、横山拓也と、俳優座の眞鍋卓嗣という気鋭の演劇人が手がける本作。主人公を演じる稲垣とは同世代だ。舞台稽古直前に行われた舞台挨拶では、眞鍋、稲垣のほか、共演の真飛聖、相島一之が登場し、舞台への思いを語った。舞台挨拶の冒頭、眞鍋の演出について、稲垣はこう明かした。
「演出の眞鍋さんはとても優しくて、怒った顔を見たことがない。今回、初めてワークショップの経験をしましたが、お客さんがいないのに、誰に向けてやっているんだ? と(笑)。パントマイムで大縄跳びをしたり、連想ゲームをしたり、こうしたワークショップは初めての経験でしたが、楽しかったです」
彼らが重ねてきたリハーサルは、たとえば伝説の巨匠たちによる激烈な稽古とはかなり趣が異なるよう。共演の真飛聖も、眞鍋のことを「私たちが演じたことに対して、否定をせず、必ず肯定して、プラスアルファを提案してくださる。自分の中で、間違っていないんだという自信につながったり、まだ気づいていなかった自分に気づかせてくださったりして、やりやすかった」と話す。同じく相島一之も、「気が付いたら、世界がぐーっと立ち上がっている。眞鍋さんのお芝居はいくつか見させてもらっていますが、すごくおもしろく、繊細に作られていて、どうやって作っているのかなと思っていたら、いいですね、いいですねって言っているうちに出来上がっているんです」と賛辞を送った。こうした中で、稲垣の演技もどんどん深められていったのだろう。
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稲垣演じる主人公の名前は、「山田純九郎」。すみくろう、というユニークな音は、なんとドイツ製のカメラのレンズ、ズミクロンから取られたという。植物が好きで、ワインが好きで、という多趣味な稲垣だが、大のカメラ好きでもある。劇中で登場するライカに話題が及ぶと、話はもう止まらない。
「これはライカのM3。1950年代、60年代のものかもしれない。レンジファインダーといって、二重に見える像が重なったときに合焦、ピントが合う。本当に皆が大好きなカメラです。当初はダブルストロークといって、フィルムを巻く時、レバーを2回巻き上げるんです。シリアルナンバーを見ると、これは60年代のものかな」
相島からは、稽古場でこの古いカメラはどうやって使うのかと皆で話していると、「稲垣吾郎カメラ講座」が始まったという微笑ましいエピソードも紹介された。そのうち、少し古めかしい、街の写真館の舞台装置の奥へとぐんぐん進んで説明を始める稲垣。
「写真館という設定で、暗室があるんです。これが引き伸ばし機と言って、カメラと同じでレンズがあって、ここに紙があって、焼き付けて現像する」
趣味人稲垣吾郎、本領発揮の瞬間だ。ついには、「フィルムカメラが好きすぎて、自宅に暗室を作ってしまいました」とまさかの激白。
「いまは携帯でも撮れるし、カメラも小さくなってきているけれど、でも、あえてフィルムカメラで撮って一枚の写真にすることに良さがある」
先に登場したライカはシングルストロークと思われたが、実は古いタイプのダブルストロークであることがわかると、少年のようなキラキラとした目に。こちらもついつい、カメラっておもしろいな、やってみたいなと思ってしまう。稲垣の言葉には、聞いているだけですっと新しい世界へと誘い込まれてしまうような、不思議な魅力がある。
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しかし彼が演じる山田純九郎は、心の内に深い闇を抱える孤独な人物だ。純九郎が生まれたとき、父の建武郎(相島一之)はすでに戦場カメラマンとしてベトナムに渡り、行方知れずに。母の富士子(石橋けい)は、写真館をひとりで切り盛りしながら、女手ひとつで純九郎を育ててきた。優しい笑顔の、腕のいいカメラマンとして街の人々に慕われるも、その胸の内は複雑だ。「立派で勇敢な父のようなカメラマンになりなさい」「生涯かけて撮りたいものを見つけなさい」という富士子の望みは、彼女が亡くなったあとも呪いとなって、純九郎の人生に重くのしかかる。
40代も半ばを迎えた純九郎は、教員の木矢野理子(橋爪未萠里)が懸命に繋ぎ止めようと配慮する学校行事の撮影の仕事にも身が入らず、隣人の二胡浩之(竹井亮介)の訪問も、煩わしいだけだ。そんな彼の写真館に、ある日、菱森麗華(真飛聖)と息子の実(杉田雷麟、タブルキャストは小澤竜心)が写真を撮りにくる。麗華はその昔、毎年のように家族写真を撮りに来ていた新田家の娘。その幸せそうな家族の姿は、純九郎の憧れだった。離婚を機に地元に戻ってきたという麗華の登場で、物語は思いもよらぬ方向へと動き出す──。
裕福で、幸福感にあふれた新田家の姿は、純九郎少年に強烈な羨望の念を抱かせた。純九郎も富士子も、ちゃんとした家族写真など撮ったことはない。写真はただの記録ではなく、撮る者と撮られる者の思いを写し出す。ドラマが進むにつれて、稲垣の気取らない佇まいが、写真が持つ不思議な力を明らかにしていく。どこにでもいるような人間のようで、穏やかなようで激しく、冷たいようで人懐っこい、という複雑なキャラクターは、稲垣だからこそ実現し得た主人公かもしれない。
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舞台にはライカのほかにも、ローライやフジカミニも登場。愛おしそうに植物の写真を撮る稲垣の姿も印象的だ。いまや写真はスマホで手軽に撮影できるし、加工も自由自在。家族で街の写真館に行き、じっくり写真を撮ってもらうなんて、ちょっと時代がかった雰囲気もあるけれど、こんなふうに家族の思いを焼き付けるものだったかと考えると、胸が熱くなる。
稲垣の言葉が、作品の魅力を言い当てている。
「僕が思うには、誰もが抱えている過去への思いみたいなものに本当に優しく寄り添ってくれる物語。見終わったあとにあらためて、過去の大切さ、何より自分を愛することの大切さを感じてもらえる作品だと思います。出演者全員、心を込めてお届けしますので、ぜひ劇場でご覧になってください」
●日程:10月6日(金)〜22日(日)
●脚本/横山拓也
●演出/眞鍋卓嗣
●出演/稲垣吾郎、真飛聖、杉田雷麟・小澤竜心(ダブルキャスト)、竹井亮介、橋爪未萠里、石橋けい、相島一之
●会場/日本青年館ホール
●主催:モボ・モガ
https://tajuroko.com
text: Tomoko Kato photography: Mirei Sakaki