伊の名匠、ジャンニ・アメリオの『蟻の王』に対峙。
Culture 2023.11.15
詩人と教え子の愛の形が、社会や世間の不実を問う。
『蟻の王』
今年9月、松村智成台東区議(自民党)が「学校教育に偏った指導があれば児童を同性愛に誘導しかねない」と発言した。あまりの時代錯誤に思わず「教唆罪かよ!」と叫んでしまったのは、ちょうど本作を観た直後だったから。
アルド・ブライバンティという実在の人物を描いた映画である。劇作家、詩人、哲学者で蟻の生態学者でもあり、イタリア南部で私塾のような芸術サークルを主宰していた。教え子の青年エットレと駆け落ち同然でローマへ居を移すが、エットレは家族の手で連れ戻され、矯正施設で電気ショックを用いた「治療」を施される。アルドは逮捕されて、前例のない「教唆」なる罪に問われる。1960年代の敬虔なキリスト教国において、同性愛は存在自体が禁忌とされていた。この国には同性愛などない、ゆえにそれを裁く刑法もない。だが健全な若者を唆そそのかし、悪の道に誘導して加害する変態は罰さねばならない、というわけだ。
美しい田舎の風景にわけもなくゾッとしてのち、静かにその意味に気づかされるような、忘れ難い場面が続く。息子からの手紙を読みながら帰宅したアルドの母親が、家の外壁に殴り書きされた誹謗中傷を見て後ずさるシーンが強烈だった。私塾で怒鳴り散らすアルドは十分にモラハラ気質を備えた暴君でもあり、証言台に立つ他の教え子からの告発は真偽の判断がつかない。同時に、想い合い引き裂かれた男と男が抱き合う姿に罪を見出すのも難しい。
新聞記者のエンニオは法廷取材を続け、「小心で反動的で不実」な国家の姿と向き合う。エンニオの従妹はアルド擁護のため抗議デモを行うが、彼女の恋人は「女がする演説じゃない」と笑い飛ばす。ここに描かれるのは2014年まで存命だった人物が受けた裁判で、実際に浴びた差別と偏見の声だ。ほんの数十年を隔てた今も鳴り続けている。私たちは観て、知ることで、それに抗っていく。
出版社勤務を経てエッセイ執筆に勤しむ。著作に『ハジの多い人生』(文春文庫)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス刊)、『女の節目は両A面』(TAC出版刊)ほか。最新刊は『我は、おばさん』(集英社刊)。東京出身、ニューヨーク在住。
監督・共同脚本/ジャンニ・アメリオ
出演/ルイジ・ロ・カーショ、エリオ・ジェルマーノ、レオナルド・マルテーゼ、サラ・セラヨッコほか
2022年、イタリア映画 140分
配給/ザジフィルムズ
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中
www.zaziefilms.com/arinoo
*「フィガロジャポン」2023年12月号より抜粋