ハラハラ派も社会派も。いま気になる映画3本。
Culture 2023.11.23
軍政と市民、南と北の攻防、謎を呼ぶ諜報戦の行方は?
『ハント』
「イカゲーム」の世界的スター、イ・ジョンジェの初監督作。軍事政権下、市民や学生の民主化運動が血に塗れた1980年代韓国の現代史の奔流を、スパイアクションの様式に融合、躍動させたその力量、恐るべし。イ自身&チョン・ウソンがW主演を張る国家安全企画部の海外班次長パクと国内班次長キムは、米国に飛び火した民主化デモの後始末で対立。機密情報を洩らす北の二重スパイの影が知れるや、疑惑を双方が押しつける緊急事態に。その設定自体が、両者を鏡の関係にして変転する。パクの頭脳となる腹心の女性捜査官や、パクが庇護する民主化運動の渦中の女学生が、内部分裂ぎみの諜報戦に道筋をつけるカギとなる。90年代の曙を旧世代が新世代に託す哀切の新地平!
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人々を引き裂くこの世界に、旅を重ねて連帯の祈りを捧ぐ。
『旅するローマ教皇』
世界的ドキュメンタリー作家がローマ教皇フランシスコと親交を結び、地中海のマルタ島の旅に同行する。「すべての戦争は不正から始まる」の言明を含むその記録を終章に配し、コロナ禍を挟んだ教皇の9年間の旅路を、約800時間のアーカイブ映像から厳選して構成した、これは世界への贈り物だ。難民船転覆の悲劇の現場、伊・ランペドゥーサ島訪問は、難民急増を生む政情不安のアフリカ行きへ。隔てられたイスラエルとパレスチナ自治区では、等しく「壁」に頭を垂れる。「強く全能」と過信して地球規模の過ちに走る人間への警鐘は、宗教や宗派を超える。カメラが居並ぶ会見の後、ふとふらついて祈りの部屋に向かう、前屈みの老いの背の、決意を秘めた柔弱な風情に胸を突かれる。
監督・脚本/ジャンフランコ・ロージ
2022年、イタリア映画 83分
配給/ビターズ・エンド
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国にて公開中
www.bitters.co.jp/tabisuru
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視界不良に吹雪く新時代を、見通そうとする緊迫の長回し。
『ヨーロッパ新世紀』
トランシルヴァニア地方の村里、シーラはパン工場経営の実務を担う。村にはルーマニア人とハンガリー人が共存し、少数派のロマも居る。そこに数人のスリランカ人が来訪。働き手の多くは西へ出稼ぎに出ており、苦肉の策でシーラがパン職人を招集した。狼や亡霊の気配が無口な少年を怯えさせる森。熊や羊の皮をかぶる伝承の習俗。幽暗な風土感の中、中世のヴァンパイア伝説さながらに村人らが異界の労働者排斥の気炎を上げる。教会から集会所へ、不穏さは「新世紀」に直結する。歴史的に多民族な村に、グローバル化社会のモラルや格差の歪みが圧縮して炙り出される衝撃。先見の明あるシーラの、イノセントではいられぬ苦境も含め、鬼才ムンジウの視野の広さに驚かされる。
監督・脚本/クリスティアン・ムンジウ
2022年、ルーマニア・フランス・ベルギー映画 127分
配給/活弁シネマ倶楽部、インターフィルム
ユーロスペースほか全国にて公開中
https://rmn.lespros.co.jp
*「フィガロジャポン」2023年11月号より抜粋
text: Takashi Goto