現代社会と対話する韓国文学。

Culture 2024.01.13

光州民主化運動やキャンドル革命など、韓国の人々は権力や社会に対して自分たちの言葉を果敢に伝えてきた。優れた韓国文学から学ぶ、現在の韓国社会への道のりと、その影響とは。


目まぐるしく変化してきた韓国。日本帝国による支配、朝鮮戦争などの国難を乗り越えて「漢江の奇跡」といわれる急激な発展を遂げた。

60年代は社会の再建の時代で、文学も同じだった。文学は何をすべきか、という大きな問いが浮上し、文学は社会を描くべきか、社会と切り離して文学性を求めるべきか、文学者たちの意見も分かれた。「純粋文学と参与文学の論争」と呼ばれるこの論争は、名前を変えながら90年代まで続いた。

韓国ではその後、南北分断や軍事独裁政権が続いたこともあり、実際のところ文学と社会は密接に関係し続けた。ロングセラーのチェ・イヌン著『広場』には、イデオロギーの対立に翻弄され、北も南も選ぶことができずに苦しむ若者の姿が克明に描かれている。

急進的な経済発展は懸命に生きる人々を追い込むこともあった。ソウルの都市開発に拍車がかかった60年代。ソウル市に住む人を強制移住させる計画も進められた。移住先は京畿道の広州。だだっ広い野原に3年で12万人あまりが送り込まれ、家も仕事も失った人たちは貧困にあえぎ、デモを起こす。「城南(広州大団地)民権運動」と呼ばれるこの一連の事件を背景にしたのが、チョ・セヒ著『こびとが打ち上げた小さなボール』だ。都市開発により家の撤去を命じられた「こびと」一家の話が中心に、搾取する側とされる側の対立が描かれる。経済成長一辺倒の政策のもとで犠牲にされてしまうマイノリティの存在を明らかにした。

軍部独裁政権が続いた70〜80年代は、自由を求める人々の声が武力で封じ込められ、一般市民にまで銃口が向けられた。その代表的な事件が、80年に起きた「光州民主化運動」だ。ハン・ガン著『少年が来る』は、民主的な社会を求めて声を上げた市民たちが国家権力という暴力にさらされてしまった当時の様子が、癒えない傷を負ったままの6人の視点で描かれている。

遂に独裁政権は崩壊し、88年のソウルオリンピックを皮切りに、韓国にも自由の風が吹き始める。海外への自由な渡航が可能になり、新しいライフスタイルを追い求める若者が街にあふれた。チョン・イヒョン著『マイ スウィート ソウル』は、新しい時代に乗って欲望をさらけ出し、自由に生きる女性たちが登場する。新時代を知らせる新しい女性キャラクターは、読者からの絶大な支持を得た。

自由化の風に乗って、海外からも人やお金が韓国に集まるようになり、それを背景に90年代には、移住民が登場する文学作品が多くなる。キム・リョリョン著『ワンドゥギ』はベトナム人の母親と障がいを持つ父親との間で産まれた高校生の成長物語だ。物語の背後には移住女性の苦労や外国人労働者の賃金問題などが描かれ、当時の様子がうかがえる。

順調だと思われていた韓国社会は、97年に起きた「IMF危機」で傾く。アジア金融危機により国家が破産する危機に追い込まれた韓国政府は、IMFから抜本的な社会改革という条件付きで多額の外貨を借りることに。中でも企業の合併や民営化などを求められ、労働市場は悪化した。パク・ミンギュ著『カステラ』は、IMF危機以降の非正規雇用や不安定な生活で苦しむ若者たちの姿がユーモラスに描かれている。

IMF危機をきっかけに、韓国では新自由主義が台頭する。競争は激化し、若者たちは自らの境遇を「地獄」にたとえるようになった。登場人物が韓国を捨ててオーストラリアへの移民を決行する、チャン・ガンミョン著『韓国が嫌いで』は、そんな社会への反撃として読むことができる。

経済の低迷が続く中、人々の不満が弱者へのいじめに繋がりやすくなり、女性、障がい者、LGBTQ などへの攻撃がエスカレートしていった。チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』は、子育て中の女性の半生を病院のカルテという形式を借りて描いたものだが、この作品には共感の声とともに、多くの攻撃が寄せられ、著者本人への中傷も絶えなかった。韓国で隆盛しているフェミニズム文学の代表格ともいえるこの小説は、こうして多くの議論を呼び、社会問題へと発した。

近年話題作を次々と世に送り出している韓国SFは、ジェンダーやマイノリティなど社会問題を背景にしたものが多く、若い読者からの注目度が高い。チョン・ソヨン著『となりのヨンヒさん』には、宇宙飛行士を志すも事故で障がいを負った女性の挫折と再生を描いた「宇宙流」など、弱者への眼差しを感じさせる作品が15編も収録されている。

このようにして社会の変動と関わり続けてきた。韓国文学には激動の時代を生きる人々の懸命な姿と、現代社会の生きづらさを乗り越え未来に向かうためのヒントが詰まっている。テロや紛争、気候変動や少子化問題など、未来への不安が絶えないいまだからこそ、ぜひ手とってほしい。

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朝鮮戦争

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チェ・イヌン著『広場』
不条理な韓国社会に嫌気が差したイ・ミョンジュン。父のいる北朝鮮に渡るが、理想的な社会ではなかった。思想の対立、狭間で翻弄される若者。社会批判のメッセージが強く、禁書になったことも。吉川凪訳 クオン刊 ¥2,200

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キム・ウォニル著『深い中庭のある家』
朝鮮戦争休戦の1953年、中学生ギルナムは大邱に移住。戦乱を逃れた避難民などが暮らす戦後の大邱で、力強く生きる人々が自伝的に描かれる。韓国では誰もが知る作品で、ドラマ化もされている。吉川凪訳 クオン刊 ¥2,420

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都市の膨張

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チョ・セヒ著『こびとが打ち上げた小さなボール』
「こびと」一家は都市開発により、強制撤去を命じられる。家を手放さざるを得ない人たちと、がっぽり儲けようとする人たち。誰かの大事なものを奪い欲望を満たしていた暴力の時代。斎藤真理子訳 河出書房新社刊 ¥2,090

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ヤン・クィジャ著『ウォンミドンの人々』
都市開発や産業化により、ソウル近郊の都市ウォンミドンに移って来た人々を描く。ソウルオリンピック、民主化運動の爪痕もあり、IMF 危機が訪れる前の80年代を切り取っている。崔真碩訳 新幹社刊 ¥1,620

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軍事独裁政権

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ハン・ガン著『少年が来る』
1980年に光州で起きた全斗煥のクーデターに端を発する民主化運動を描く。市民や学生が弾圧され、殺されたのはなぜか。なぜ自分は生き残ったのか。傷を負った人々の後世にも焦点を当てる。井出俊作訳 クオン刊 ¥2,750

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イ・ギホ著『舎弟たちの世界史』
軍事政権のもとで、とある事件に巻き込まれて指名手配されたナ・ボンマン。狂気の時代、歴史に揉まれる個人の喜劇が、ユーモアな筆致で描かれる。一度読み始めると目が離せない。小西直子訳 新泉社刊 ¥2,420

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経済成長の明暗

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チョン・イヒョン著『マイ スウィート ソウル』
民主化した社会に新時代が訪れた90年代。自由な社会を満喫しながらソウルで暮らす女性たち。30代の主人公の年下の恋人、結婚、職場の問題......。当時のリアルが描かれている。清水由希子訳 講談社刊 ¥2,090

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キム・エラン著『走れ、オヤジ殿』
IMF危機の影響下で成長する若い世代の物語。貧困、経済格差などが、悲観的ではなく、ユーモラスな文体で語られる。消費社会で疎外される若者を描いた「コンビニへ行く」は必読。古川綾子訳 晶文社刊 ¥1,980

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社会の多様化

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キム・リョリョン著『ワンドゥギ』
高校生のワンドゥギ。ベトナム人の母の出現により、ワンドゥギの気持ちが荒んでいく。教会で知り合った外国人労働者の紹介でキックボクシングを始めることになり、徐々に成長していく。白香夏訳 コリーヌファクトリー刊 ¥1,600

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ソン・ホンギュ著『イスラーム精肉店』
朝鮮戦争で孤児となった「僕」と国連軍に従軍して韓国に残ったトルコ人の疑似家族。多文化社会への眼差しは移住民が増え、国際化が進んだ韓国社会に多くの気付きをくれた。橋本智保訳 新泉社刊 ¥2,310

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競争社会

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パク・ミンギュ著『カステラ』
TOEIC900点越えなのに73社に落ちて遊園地で働くアルバイト、父の会社の倒産で考試院に住む「僕」。ひとつの間違いで奈落に落ちる「ゲーム」のような世界。生き残れるのは誰か。斎藤真理子訳 クレイン刊 ¥1,870

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チャン・ガンミョン著『韓国が嫌いで』
20代のケナは、韓国が嫌いでオーストラリアへの脱出を図る。大学を出ても就職難、職を得ても薄給で、女性差別もある。まるで「地獄」だ。国家や、共同体について考えさせられる。吉良佳奈江訳 ころから刊 ¥1,980

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ウン・ソホル著『5番レーン』
小学6年生のカン・ナルは、競泳漬け。夢は韓国代表。だが、強力なライバルの登場で焦りを感じ、ある事件を起こしてしまう。競争に押しつぶされない自分との向き合い方を教えてくれる。すんみ訳 鈴木出版刊 ¥1,760

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フェミニズム

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チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』
韓国の30代女性の社会的に抑圧された状況を、ひとりの女性の半生を通して描く。多くの女性に受け入れられ、韓国フェミニズム文学の火付け役となった世界的ベストセラー。斎藤真理子訳 筑摩書房刊 ¥748

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ク・ビョンモ著『破果』
破果は「痛んだ果実」と、「16歳の女性」という意味を持つ。腕利きの殺し屋だった主人公は65歳。衰えを感じ、これまでと異なる生き方を考える。映画化要望殺到中の話題作。小山内園子訳 岩波書店刊 ¥2,970

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チョ・ウリ著『私の彼女と女友達』
韓国社会を生きる女性たちの労働、恋愛、人生をリアルに描く。未来は明るくない。解雇されたか、される寸前。存在意義まで揺らぐ。それでも、居場所を見つけようとする姿がまぶしい。カン・バンファ訳 書肆侃侃房刊 ¥1,980

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SF

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チョン・ソヨン著『となりのヨンヒさん』
作家兼弁護士の著者による短編集。異星人との交流、平衡世界への移動などの世界観で、フェミニズムやジェンダー、弱者への目線を描く。エンタメと社会問題とが共存する韓国SF最先端。吉川凪訳 集英社刊 ¥1,980

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チョン・セラン著『地球でハナだけ』
旅行から帰った彼氏がどこか変。いつもより優しく、食べ物の好き嫌いもない。口からは目がくらむほどのビームが! ハナが好きな宇宙人とハナの、地球に優しいラブロマンス。すんみ訳 亜紀書房刊 ¥1,760

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キム・ボヨン著『どれほど似ているか』
タイムトラベル、量子論、超能力といった設定で、正義、差別、偏見、権力、ジェンダーとは何かを考える、韓国SFの王道的物語が集められた短編集。分断の時代にこそ読んでほしい一冊。斎藤真理子訳 河出書房新社刊 ¥2,530

Text: すんみ
翻訳家。早稲田大学大学院文学研究科修了。訳書に『あまりにも真昼の恋愛』(キム・グミ著 晶文社刊)、『屋上で会いましょう』(チョン・セラン著 亜紀書房刊)、『北朝鮮 おどろきの大転換』(リュ・ジョンフン他著河出書房新社刊)、『私たちにはことばが必要だ』(イ・ミンギョン著 小山内園子と共訳 タバブックス刊)など。

【合わせて読みたい】
Kドラマの食事から知る、韓国生活の日常。

*「フィガロジャポン」2023年9月号より抜粋

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