韓国映画、巨匠から女性監督へのバトン。

Culture 2024.01.14

ポン・ジュノ、パク・チャヌク、イ・チャンドン、ホン・サンス。世界三大映画祭で大活躍の男性監督が大作を生み出してきた韓国映画だが、その巨匠らのもとで育った女性監督の活躍にいま、注目が集まっている。


韓国映画が世界の頂点を極めた、と多くの人が実感したのは2020年2月、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019年)が米国アカデミー賞で、作品賞を含む4冠を果たした瞬間だった。『パラサイト』はすでにその前年、カンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)に輝き、韓国で1000万人を超える観客を動員、芸術性も大衆性も兼ね備えた映画として、世界を席巻した。"格差社会"という世界共通の課題をテーマに描いたのも、広く共感を得る成功のカギとなった。

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ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』(2019年)
本編132分 DVD¥4,800、Blu-ray¥7,800 発売・販売:バップ

ただ、私は『パラサイト』を最初に観た時、キム・ギヨン監督の『下女』(1960年)と似ていると思った。階段の上下や土地の高低で格差を表している点や家政婦が金持ち一家に寄生する点など、類似点が多い。ポン・ジュノ監督自身、キム・ギヨン監督に影響を受けたと明かしている。韓国映画の歴史は1919年に『義理的仇討』で始まり、『パラサイト』が公開された2019年は韓国映画100周年の年だった。『パラサイト』の受賞と大ヒットは、まさに韓国映画100年の積み重ねの上に成し遂げられた快挙だった。

ポン・ジュノ監督のファンの中には、『殺人の追憶』をベスト作品に挙げる人も多い。実際の事件がモチーフとなり、映画が公開された03年の時点では犯人が見つかっていなかった。ソン・ガンホ演じる田舎の刑事は自身の直感を信じているが、ことごとく外れる。ソウルから来たエリート刑事(キム・サンギョン)はもう少し科学的な方法でアプローチするが、結局失敗に終わる。

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ポン・ジュノ監督『殺人の追憶』(2003年)
本編130分 U-NEXTにて配信中

実際の事件は19年にやっと犯人が判明したが、それに伴って当時の捜査がいかにずさんだったかが報じられ、『殺人の追憶』が"警察の失敗"という事件の本質を突いた映画だったことがあらためて証明された。ポン・ジュノ監督は社会的イシューをエンタメとして昇華する韓国映画の代表選手と言ってもよさそうだ。

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ポン・ジュノ監督とともに韓国映画界を引っ張る二大巨頭のもうひとりは、パク・チャヌクだ。『別れる決心』(22年)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したのは記憶に新しい。最初に注目を浴びたのは『JSA』(00年)だった。

分断国家の韓国は、特に軍事政権下では北朝鮮と激しく対立していた。それゆえ映画でも北朝鮮を敵として描く傾向があったが、『JSA』が画期的だったのは、南北の軍人を"友人"として描いたことだった。軍事境界線を越えて往来しながら密かに友情を交わす若者たちを描き、多くの人々に感動を与えた。

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パク・チャヌク監督『JSA』(2000年)
本編108分 Blu-ray¥4,180 発売:ショウゲート 販売:アミューズソフト

『別れる決心』は何といっても主演のふたりの魅力に引き込まれる映画だった。『殺人の追憶』で有力な容疑者として強力なインパクトを残したパク・ヘイルは、『別れる決心』では、どうしようもなく容疑者の女性(タン・ウェイ)に惹かれてしまう刑事を演じた。男女の微妙な感情をここまで繊細に意匠をもって描けるのは世界でもパク・チャヌク以外にいないと思わされた。

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パク・チャヌク監督『別れる決心』(2022年)
本編138分  Blu-ray¥5,500 発売:ハピネットファントム・スタジオ 販売:ハピネット・メディアマーケティング 10/4発売

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世界的な評価の高さでは、イ・チャンドンやホン・サンスも外せない。両監督とも今年、日本で特集上映され、過去の作品も含め、あらためて注目を集めている。

イ・チャンドン監督は『ペパーミント・キャンディー』(00年)でその名を世に知らしめた。主人公のヨンホ(ソル・ギョング)が99年に自殺するところから始まり、20年間を逆行する列車に乗って遡っていく。ヨンホはなぜ自殺するにいたったのか。80年まで遡ったところで、光州事件をきっかけに人生の歯車が狂いだしたことがわかる。光州事件は民主化運動を軍や警察が暴力的に鎮圧する過程で多くの犠牲者が出た事件だが、兵役中に鎮圧する側として出動したヨンホは、誤って女子学生を撃ち殺してしまう。その前年、恋人となるスニム(ムン・ソリ)と出会ったばかりのヨンホは、河原に咲く小さな花を愛でるような純粋な青年だった。意図せず"加害者"となってしまったヨンホは、兵役が終わって訪ねてきたスニムを拒み、ひねくれた人生を歩み始める。加害者もまた被害者という両面性が描かれた。

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イ・チャンドン監督『ペパーミント・キャンディー』(2000年)
本編129分 Amazonプライムにて配信中、¥399 8/25より「イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K」にて全国順次公開

ソル・ギョングとムン・ソリはイ・チャンドン監督の次作『オアシス』(02年)でも主演を務め、脳性マヒの女性を熱演したムン・ソリはヴェネツィア国際映画祭で新人俳優賞を受賞した。

さらに『シークレット・サンシャイン』(07年)は主演のチョン・ドヨンにカンヌ国際映画祭主演女優賞をもたらした。チョン・ドヨンが演じたのは息子が誘拐される母親の役だった。ただ、誘拐事件の映画というよりは、キリスト教の信仰について考えさせられる映画だった。韓国ではクリスチャンが多く、ある意味挑戦的な映画だったが、決してキリスト教を否定しているわけではなく、いびつな信仰(という思い込み)を指摘していると感じた。イ・チャンドン監督の作品は何度も観たくなる深さがあり、観るたびに新しい発見がある。

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イ・チャンドン監督『シークレット・サンシャイン』(2007年)
本編142分 TSUTAYA プレミアムにて配信中

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そして実は最も海外での受賞が多いのはホン・サンス監督だ。何しろ多作というのもある。予算規模が小さく、96年に『豚が井戸に落ちた日』でデビューして以来、少なくとも2年に1本、16年以降はほぼ毎年2本のペースで撮っている。同じような素材が繰り返し出てくるが、それでもやっぱり毎作観たくなる魅力がある。

ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞した『自由が丘で』(14年)は、加瀬亮が日本人のモリ役で主演した。かつての恋人クォンを探してソウルへやって来たモリを中心に展開する話は、順序がバラバラになって出てくる。映画の冒頭でクォンがモリから受け取った手紙を落とし、順序が入れ替わったというのが伏線だった。『自由が丘で』は"時間"に関する映画だと言われるが、その他のホン・サンス監督作でも、映画の中の時間はかなり自由に再構成されている。過去・現在・未来と順番に時間が流れていると思っているのは実はただの思い込みで、そもそも時間に順番なんかないのだと言われているような気がしてくる。

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ホン・サンス監督『自由が丘で』(2014年)
本編69分 DVD¥5,170 発売・販売: KADOKAWA

そしてホン・サンス監督作に必ず出てくるもののひとつがお酒だが、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門のグランプリを受賞した『ハハハ』(10年)は、マッコリの映画と言ってもいいほどだ。男性ふたりが旅の話を肴にマッコリを飲むのだが、ふたりは同じ時期に別々に慶尚南道の統営(トンヨン)へ行っていて、その話がカラーで展開し、時々モノクロのマッコリを飲むシーンが挟まれる。おかしいのは、ふたりが統営でごく近くにいたり、同じ人に会ったりというのを観客は目撃するが、互いに気付いていないことだ。ホン・サンス作品を観ていると、他人の滑稽な日常に笑いながら、実は自分のことかもしれないとハッとさせられたりする。

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ホン・サンス監督『ハハハ』(2010年)
本編116分 TSUTAYA プレミアムにて配信中

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一方、近年の韓国映画の顕著な傾向は、女性監督の活躍だ。そしてその女性監督たちの輩出という点でもイ・チャンドン、ホン・サンスの両監督の活動が注目に値する。

たとえば今夏日本で公開される『あしたの少女』(23年)のチョン・ジュリ監督は、デビュー作『私の少女』(14年)がカンヌ国際映画祭に出品されて話題になったが、『私の少女』のプロデューサーはイ・チャンドンだ。イ・チャンドンは韓国芸術総合学校映像院で教授を務め、チョン・ジュリは受講する学生だった。『私の少女』のシナリオを読んだイ・チャンドンが、「意味のある映画になり得る」とプロデューサーを引き受けたのだ。ユン・ガウン監督も似たような経緯を経て『わたしたち』(16年)でデビューを果たし、韓国内はもちろん国外でも好評を得た。

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チョン・ジュリ監督『私の少女』(2014年)
本編119分 DVD¥5,170 発売:CJ Entertainment Japan 販売:ポニーキャニオン

『あしたの少女』はペ・ドゥナが主演を務め、圧巻の演技を見せた。高校生が現場実習という名のもと、安価な労働力として搾取されてきた実態を素材にした映画で、高校生ソヒ(キム・シウン)の現場実習にまつわる事件をペ・ドゥナ演じる刑事が捜査し、実態を暴こうと孤軍奮闘する。現場実習生の労働問題は以前から指摘されていたが、映画公開後、現場実習生の権利が侵害されないよう業者側の責務を強化する内容の法案が通った。『あしたの少女』の原題は『次のソヒ』で、法案は通称「次のソヒ防止法」。次のソヒ(犠牲者)を出すまいという意味だ。韓国では映画が実社会を動かすことが、時々ある。

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ホン・サンス監督の影響を受けた女性監督には『チャンシルさんには福が多いね』(19年)のキム・チョヒ監督だ。ホン・サンス監督作のプロデューサー出身で、『チャンシル』の主人公チャンシル(カン・マルグム)も元映画プロデューサーだ。失職したアラフォー女性プロデューサー役チャンシルの描写は、自身の経験によるところも多そうだ。ホン・サンス監督作も監督自身を投影したのではと思われるような映画監督がよく登場する。

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キム・チョヒ監督『チャンシルさんには福が多いね』(2019年)
本編96分 DVD¥3,800、Blu-ray¥4,800 発売:リアリーライクフィルムズ、 キノ・キネマ 販売:オデッサ・エンタテインメント

韓国では18年に広まった#MeToo運動を経て、女性監督のデビューが相次いだが、10年以上長期にわたって活動してきた女性監督はほんの一握り。そのひとりは10年にデビューしたシン・スウォン監督で、今年日本でも公開された『オマージュ』(22年)は、過去と現代の女性監督を描いた映画。60年代に活躍した実在の女性監督ホン・ウノンと、そして現代の女性監督というのはシン・スウォン自身がモデル。『パラサイト』の家政婦役で世界的に注目を浴びた演技派イ・ジョンウンが主演し、圧倒的に男性中心だった韓国映画界で奮闘する女性監督の姿に、多くの女性が勇気をもらえる、そんな映画だった。

実はシン・スウォン監督はイ・チャンドン監督と同じく、教師、小説家を経て映画の世界に飛び込んだ。教師として勤めていた当時、『ペパーミント・キャンディー』に刺激を受け、映画監督を志したと話している。

私自身、17年から韓国で暮らし、#MeToo運動前後の変化を目の当たりにしてきた。日本でもチョ・ナムジュの小説『82年生まれ、キム・ジヨン』がベストセラーとなったが、平凡な女性が感じる生き辛さに共感が集まったのだろう。韓国の人からは「日本ではなぜキム・ジヨンは売れるのに#MeTooは広まらないの?」とたびたび聞かれるが、私は日本ではまだ我慢している女性が多いからだと思っている。韓国の女性監督が作る最近の映画は、「我慢しなくていいんだよ」と言ってくれているような気がする。

女性監督の才能は、開花し始めたばかり。あと10年もすれば、韓国映画界を牽引する「名監督」と呼ばれる女性監督も出てくるのではないかと期待している。

Text: 成川彩
大学時代から韓国で暮らし始め、現在9年目の韓国生活を送る。朝日新聞社記者として文化欄を中心に取材を行っていた。退社後、2017 年からソウルの東国大学大学院に留学し、韓国映画を学ぶ。著者に『どこにいても、私は私らしく(韓国語)』(考えの窓社刊)、『現地発 韓国映画・ドラマのなぜ?』(筑摩書房刊)https://ayanarikawa.com

【合わせて読みたい】
Kドラマの食事から知る、韓国生活の日常。

*「フィガロジャポン」2023年9月号より抜粋

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