文筆家・村上香住子が胸をときめかせた言葉を綴る連載「La boîte à bijoux pour les mots précieuxーことばの宝石箱」。今回はフランス映画界のレジェンド、カトリーヌ・ドヌーヴの言葉をご紹介。
カトリーヌ・ドヌーヴ、ブラヴォー、と言いたい。まったくこの手の男性って、無駄な労力を使って、ただ空回りしているだけで、けしてスマートには見えない。まさかドアに微笑みかけたりはしないかもしれないけど、ありえないことではない。
そんな男性と話をしていても、その視線は別の方向に泳いでいるし、次の獲物を狙っているみたい。どうしてそんなに多くの人に気に入られたいのかわからないけれど、ひとりでも多くの人に自分の魅力をわかってもらいたい欲求が半端ない。ドヌーヴの言葉は思いつきではなく、じっくり考えたような言葉なので、なるほど、と思うものが多いし、これにはなぜかはまってしまう。
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パリという都市には、この手の男性があふれている。おしゃれで自己主張が強い人は、大抵このタイプになりがちのようで、日本にも結構いるけど、確率からいったら、フランスには敵わないと思う。
ドヌーヴのような、素晴らしいキャリアで年老いても美貌を保った女王格の、大女優でも、やはりこの手の男性に苛ついているのが分かって、なんだかほっとする。我慢ならないくらい、あちこちに愛嬌をふりまき、いかにもご満悦の様子をみるのは、本当にうんざりするものだ。
きっとそういう人たちは、子どもの頃自分に人気がなかったので、それを取り返すために、我武者羅に張り切っているのかもしれない。ともかくひとりでも多くの人のこころを虜にしたいのだろう。だけど小さな自己満足を満たすというのはなく、社会的な野心のために、スタンダールの『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルのように、目的を定めて、社交界に入っていくのなら、それはそれでロマネスクかもしれない。ただ漠然と、万人に気に入られたい、というだけならそれは実に虚しいことだ。
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フランス映画を象徴する伝説の大女優なのに、80歳になったいまも現役で活躍中だし、数日前から来日して、地方都市高崎で、エリック・クー監督の「スピリット・ワールド」を撮影中だという。
周囲にどんなにもてはやされても、自分を見失うこともなく、淡々と、自然体で生きているドヌーヴは、やはりクールで素敵だし、本物のミューズといえる。
1943年、パリ生まれ。映画俳優の父母の元に生まれ、10歳の頃から映画に出演し始める。64年『シェルブールの雨傘』の主演で世界的な名声を得る。『ロシュフォールの恋人たち』『昼顔』(ともに67年)、『終電車』(80年)などフランス映画を代表する作品に出演。俳優、マルチェロ・マストロヤンニとの間に娘キアラ・マストロヤンニを儲ける。2019年に脳卒中を起こし入院するが、リハビリを経て20年6月から完全復活、現在も第一線で活躍中。photography:REX / Aflo
フランス文学翻訳の後、1985年に渡仏。20年間、本誌をはじめとする女性誌の特派員として取材、執筆。フランスで『Et puis après』(Actes Sud刊)が、日本では『パリ・スタイル 大人のパリガイド』(リトルモア刊)が好評発売中。食べ歩きがなによりも好き!
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