パルムドール受賞、『落下の解剖学』をどう観る?

Culture 2024.04.10

緊迫のミステリーの先に、夫婦間のねじれが先鋭化。

『落下の解剖学』

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発端は夫の転落死。成功した妻への夫の引け目もあり、役割分担や自己実現をめぐる夫婦の争いが浮上。視力が弱い第一発見者の息子の視点が、正と邪、事実と願望の階調をより豊かにする。真偽を問う法廷劇を超えて。

『落下の解剖学』は、昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞しました。監督のジュスティーヌ・トリエは現在45歳で、本作によって、史上3人目のパルムドールの女性受賞者となりました。

フランスの雪山の山荘で、男が山荘の窓から転落して亡くなります。しかし、その妻に夫を殴って転落死させたという容疑がかかり、事件は裁判へともつれこみます......。

夫の転落死は、事故か、他殺か、それとも自殺か? その真相をめぐる緊迫したミステリーです。弁護士と検事が丁々発止でわたりあう裁判劇としても秀逸で、観客の手に思わず汗を握らせます。

とはいえ、この映画の真の面白さはその先にあります。警察の捜査と法廷での審理が1年をこえて続くあいだに、妻と夫の関係の裏側がしだいに明らかになっていくのです。作家として成功を収めつつある妻と、家事や子育てを押しつけられて鬱屈していく夫。どこにでもありそうな夫婦関係に、男女の地位の逆転が加わると、それが暴力や殺意に発展してもおかしくない葛藤が生まれます。その日常生活のなかで薄氷を踏むようなスリル!

話の意外な展開を見守る画面は、終始、冷たく美しく、それがかえって緊張感を高めています。

そのうえ、最初は脇役のように見えた息子の視覚障害に、夫婦の亀裂の始まりとなる事実がひそんでおり、妻の運命を決定づける最後の証言は息子にゆだねられるのです。

この見事な脚本は、監督のトリエと、彼女のパートナーである優れた映画作家アルチュール・アラリの共同執筆です。息づまる夫婦の危機のドラマをふたりで仲よく作りあげたのかと思うと、なんだか不思議な気分になります。

息子を助ける盲導犬の演技も驚きです。これには犬の最優秀名演賞であるパルムドッグ賞が与えられました。

文:中条省平/フランス文学者
著作に『フランス映画史の誘惑』(集英社新書)、『ただしいジャズ入門』(春風社刊)、『人間とは何か 偏愛的フランス文学作家論』(講談社刊)ほか、幅広い関心領域が反映。訳書近刊にカミュ『ペスト』(光文社古典新訳文庫)。
『落下の解剖学』
監督・共同脚本/ジュスティーヌ・トリエ
出演/ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツほか
2023年、フランス映画 152分 
配給/ギャガ
TOHO シネマズ シャンテほか全国にて公開中
https://gaga.ne.jp/anatomy

*「フィガロジャポン」2024年4月号より抜粋

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