ダースレイダーが目撃した、ラップムービー『RHEINGOLD ラインゴールド』。
Culture 2024.04.16
国家の枠の外で生きぬく、人気ラッパーの鍛錬の旅。
『RHEINGOLD ラインゴールド』
『ラインゴールド』は超一級のギャングスタ・ラップムービーであると同時に、人がどう生きてきたか? どう生きていくべきか? を見事に描いた傑作だ。
子供の頃の最初の記憶は刑務所だ、と語る主人公のジワ・ハジャビはそもそも戦場で誕生している。ここで僕はシリア内戦の凄まじさを描いた傑作ドキュメタリー『娘は戦場で生まれた』を想起するが、クルド人であるジワとその両親はさらに過酷な日々を送ることになる。物語の序盤に主人公一家の辿る道筋は、彼らの背景事情を見事に描いている。僕らがつい当たり前に考える法治社会。彼らクルド人はそこに属すことができない、法治の外側の存在である。
ホッブズの有名な『リヴァイアサン』では、闘争が闘争を呼ぶ自然状態を回避するため、人々は暴力を統治機構に預けることで円滑な経済、文化活動を行えるようになったと解説される。そして、人々は困窮したり、調停が必要な場面で統治機構を呼び出し救済してもらうのが法治国家の枠組みだ。だが、この枠組みに属することができなかったらどう生きていけば良いのか? 統治機構が救済どころか襲いかかってくるような状況では、自分たちで自分たちを救済するしかない。そのため、ジワは自らを鍛錬し力をつけ、周囲からカター(危険なやつ)と呼ばれる存在になる。そして、シャイフ(賢人)やサミーといった仲間たちと自分たちの掟に従って生き延びる術を探っていく。こうした掟に基づく集団の食物連鎖の頂点にいるのがアムステルダムのマフィア、イエロであり、彼は法とは異なる掟に従って仲間で生きていく意味を厳しく見せてくれる。
ジワの力の源泉はこうした仲間との横の繋がりと、勇敢な戦士である母の意思と音楽家である父のセンスの、縦の継承だ。この縦横に結ばれた力が、ヒップホップとして表現されていく後半はひたすらに感動的である。
監督・脚本/ファティ・アキン
出演/エミリオ・ザクラヤ、カルド・ラザーディ、モナ・ピルザダほか
2022年、ドイツ・オランダ・モロッコ・メキシコ映画 140分
配給/ビターズ・エンド
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中
www.bitters.co.jp/rheingold
2010年に脳梗塞で倒れ、以後、眼帯をトレードマークにヒップホップ界に帰還。著書に『武器としてのヒップホップ』(幻冬舎刊)ほか。新刊は『イル・コミュニケーション』(ライフサイエンス出版刊)。各種メディアの談論にも定評あり。
*「フィガロジャポン」2024年5月号より抜粋