静かで強く印象的な、公開中の映画3本。
Culture 2024.04.24
王国統治下の影がうごめく、白夜と活火山の島の叙事詩。
『ゴッドランド/GODLAND』
19世紀後半、教会建設の命を受け、デンマークの若い牧師が植民地のアイスランドを訪れる。風物を記録するため、浜から難所続出の陸路を辿る。「未開」の地元民を昆虫採集のようにピン留めして回る、といった支配者のおごりも、この敬虔の徒に見え隠れし、野生児の風貌を宿すアイスランド人老ガイドとの旅路のツバ迫り合いは、やがて氷上の神話劇の純度に結晶する。逞しくも愛らしい在来馬を名脇役にして。それは郷土色豊かな挿話と鮮やかな対照をなす。当地に根を張るデンマーク人農夫の娘を牧師がおずおずダンスに誘ったり。パルマソン監督はアイスランド生まれのデンマーク育ち。ふたつの故国に心を引き裂かれた者の透徹した眼が、茫々たる景色に崇高さを纏わせる。
監督・脚本/フリーヌル・パルマソン
2022年、デンマーク・アイスランド・フランス・スウェーデン映画 143分
配給/セテラ・インターナショナル
シアター・イメージフォーラムほか全国にて公開中
www.godland-jp.com
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男らしさの威光を省察する、テキサスの家族映画の奥深さ。
『アイアンクロー』
ハリウッドが長年育んできたスポーツ映画の華を添えた、懐の深い家族映画だ。必殺技「鉄の爪」を擁し、ジャイアント馬場らと対戦する名ヒールとして日本でも名を馳せたフリッツ・フォン・エリックは、4人の息子を最強レスラーにする野望を抱く。だが、タイトル戦を前に三男が東京で頓死したのを最初に、悲運が次々家族を襲う。デビュー作『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(2011年)でカルト教団の洗脳の呪縛に抗う少女の心模様に迫った俊才監督は、「呪われた家族」と世間が騒ぐその呪いを、アメリカが長年育んできた父性の呪縛と解釈して活写。次男(ザック・エフロン)と結婚にいたるパム(リリー・ジェームズ)ら、南部の典型的家族の綻びを内から照射する女性の存在が生きている。
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やむにやまれず湧き起こる、女性写真家の決意と行動力。
『美と殺戮のすべて』
ナン・ゴールディンが11歳の時、反抗児の姉が母の抑圧下で壊れ、自殺する。姉似だったナンは14歳で家出してドラァグクイーンらと暮らし始め、性的嗜好を脅かされてきた友だちの一挙一動を日記のように撮りたいと願う。揺らぐ性、振動する自立と依存。あるがままの私空間が発信源の写真は、1980年代の社会やアート写真界の起爆剤となる。このドキュメンタリーにおいてナンの表現活動は、彼女の作品も収蔵された世界の美術館への援助を隠れ蓑に、依存性が高いオピオイド鎮痛薬で大儲けして友人たちを死地に送った、大富豪への憤激のデモ。ナンの写真生活の足跡が近年の運動をおのずと動機づける、オーガニックな構成が出色だ。ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。
*「フィガロジャポン」2024年5月号より抜粋
text: Takashi Goto