ホウ・シャオシェンがプロデュース、最新台湾映画。
Culture 2024.06.02
街並みや調度品が伝える、時代の空気感と懐かしさ。
『オールド・フォックス 11歳の選択』
この作品の時代背景は1989年、日本はちょうど平成元年。第二次大戦後から続いた戒厳令が1987年に解除され、台湾中が投資ブームになり経済が大きく変化した頃で、主人公のリャオジエは父のタイライと、自分たちの家を買うことを目標に慎ましく暮らしています。
ふたりの部屋は、合板の家具やラタンの小物で作られ、昭和生まれの実家のよう。それでもクリスマスにもらうプレゼントはゲームボーイやBMXスタイルの自転車だったりして、90年代がすぐそこにきている様子も面白い。ていねいに再現された当時の街並みやインテリアとともに、時代の空気を盛り上げる衣装も秀逸で、父と息子の堅実な節約ルックもよし、その冷酷さから「老獪なキツネと呼ばれるスリーピース姿の土地転がしシャ社長は、日本だったらビートたけしに演じてほしい感じ。社長秘書の「美人のお姉さん」初期のバブルスタイルや、門脇麦の成金貴婦人ファッションとその薄幸さも、それぞれ存在感を発揮しています。
シャオ・ヤーチュエン監督は「自分の子どもの頃はこうだったのに今は違う」境目として、社会が一変し、拝金主義が生まれたこの時代を背景にしたと言います。他人を思いやることを大事にする人がまだいた頃、ということか。台湾には日本統治時代の建物や産業遺産が残っていて、映画好きが愛する台湾ニューシネマの作品にその姿が収められています。なかでも、今作のプロデューサーのホウ・シャオシェン監督の作品は、実際にはその場所と時代を私は過ごしていないけれど、懐かしく思えてくる。台湾ニューシネマを受け継ぐ本作でも、そこかしこから親しみが湧き出してきます。きっと「キツネ」に惹かれ世の非情になじみかけた少年が、損な役回りだけど実直で一途な父へ心を寄せ直す情趣の深さは、私たちが失いかけているもので、それへの懐かしさなのだと思いました。
監督・共同脚本/シャオ・ヤーチュエン
出演/バイ・ルンイン、リウ・グァンティン、アキオ・チェン、ユージェニー・リウ、門脇 麦ほか
2023年、台湾・日本映画 112分
配給/東映ビデオ
6月14日より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
oldfox11.com
多摩美大染織デザイン科卒業後、書籍の装画や挿絵、映画エッセイ、漫画の執筆など多方面で活動。著書に『Catnappers 猫文学漫画集』(ナナロク社刊)、イラストを担当した『聞いて聞いて!音と耳のはなし』(福音館書店刊)ほか。
*「フィガロジャポン」2024年7月号より抜粋