アメリカ人にとって「パリジェンヌ」は絶対的な幻想? 人気ドラマシリーズのデザイナーにインタビュー。

Culture 2024.06.15

「エミリー、パリへ行く」の華やかなファッションをスタイリングしたのがこの人。Netflixでシーズン4の配信が開始するのに先立ち、この型破りなコスチュームデザイナーに「パリジェンヌ」らしさとはなにかを聞いてみた。

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「エミリー、パリへ行く」のスタイリングを手がけたマリリン・フィトゥシ。photography: LOUIS TERAN

「色とモチーフはいつだって私らしさを構成する一部」とマリリン・フィトゥシは言う。Netflixの人気ドラマシリーズ「エミリー、パリへ行く」のスタイリングにあたっては、ミニマリズムこそが「フランス的な趣味の良さ」とする通念に一石を投じ、若手デザイナーの斬新なコレクションからマイナーブランドの実験的な作品、さらには個性の強い小物まで駆使してみせた。57歳のデザイナーのトレードマークは頭に巻いた黒ターバン。23歳の時からかぶっているが、これ、実はシャツをぐるぐる巻きにしているのだそう。彼女には、そのドレスやコートはどこのブランド? なんて質問をぶつけてはいけない。答えは決まっている。「服をブランドロゴで選ぶことはありません。それが何を語るのか、全体のなかでどうなのか、まとまりと感動をどう作りだすのかで選ぶのです。ラベルを気にかけることはこれまでもこれからもありません。私のオフィスにはバッグの海ができていて、適切なストーリーを語るバッグを必要に応じて都度選びだしています」

シーズン1から「エミリー、パリへ行く」にスタイリストとして関わってきた。シーズン4は今夏に配信が開始されるが、ブリジット・マクロンが登場すること以外、詳細は明らかになっていない。

マリリン・フィトゥシはフランス南部の小さな工業都市で育った。少女の頃からこの町を出たくてたまらなかった。「劇場も映画館もなければ、その他の文化的な活動も一切ない場所に暮らしていて、唯一の気晴らしは祖母の家へ行き、ムーラン・ルージュの大晦日ショーをテレビで見ることでした。羽根やスパンコールの衣装は、フランシス・ロペスのオペレッタ番組とともに、最初の美的衝撃でした。別な世界が存在することを知り、自分もそこで暮らしたいと思ったのです」。高校を卒業してパリに上京した。エコール・ド・ルーヴルや国立応用美術学校でテキスタイルデザインを学び「官能的な素材にうっとりする」日々を送った。卒業後は衣装レンタル会社に就職した。「博物館のようなところで、あらゆる時代のドレスコードを学びました」と言う。のちに「エミリー、パリへ行く」でコスチューム・デザイナーズ・ギルド・アワード(コンテンポラリー・テレビシリーズ部門)を受賞することになるマリリン・フィトゥシがコスチュームデザイナーのキャリアをスタートさせたのは、主に18世紀を舞台とする時代劇映画だった。

中世が舞台のテレビシリーズ「Kaamelott」(フランスのTV局M6で放送)にたずさわり、その映画化にも関わったことがきっかけでNetflixから声がかかった。「中世前期の服はとても単純なんです。私はプラスチックやスパンコール、フェイクファーをプラスして、ちょっと違う雰囲気に仕立てました。Y-3の靴やG-Starのジーンズを加工したり、ステラ・マッカートニーのスカートをカットしてボレロに仕立てたり。手を加えて作り替えたりすることが好きです。企画を「モンティパイソン化」していいとゴーサインが出たら、とことんシュールでファンタスティックにするぞと張り切ります。モチーフを多用するのは無地の生地のそっけなさが怖いから。それが自分の感性であり、学習の結果であり、カルチャーです。ドレープひとつ、風に舞うスカート、生地の手触り。そこからスタイリングがひらめきます」と言う。マリリン・フィトゥシは「自分を追い詰める」必要があるそうだ。さもないとすぐに飽きる。「絶えず実験しています。間違ったと思う時もありますが、探究しつづけます」

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「1980年代の頃は、60年代風ペンシルスカートにカクテルハットをかぶって通学していました」。photography: LOUIS TERAN

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センスとカラー

「12歳以降ジーンズを履いたことがないし、スニーカーも白いTシャツも私には無縁です。子どもの頃、暮らしていたのは人口1万2千人の都市で、おしゃれな店もありませんでした。眺めるとしたらラ・ルドゥートの通販カタログぐらい。祖母の家に行くのが大好きでした。祖母は捨てない人で、50年代のスーツやカシミアのセーター、カラフルなスカーフ、ピンヒールパンプスなどがありました。そうした古着で遊ぶうちに洋服の持つパワーを認識するようになりました。馬子にも衣装とはよく言ったものです。他の人と同じ格好は絶対に嫌でした。1980年代の頃は、60年代風ペンシルスカートにカクテルハットをかぶって通学していました。それからボーイ・ジョージやスージー・アンド・ザ・バンシーズに熱中した時期を経て、ニナ・ハーゲン、デザイアレスに凝りはじめた頃は両親もお手上げとなりました。毎日ヘアスプレー1本を使い切るヘアスタイルを娘がしているなんて、小さな村ではもうおしまいですからね! でも両親はとても寛容で、そんな娘でも見守ってくれたんです。自分としては挑発するつもりではなく、型にはまりたくない一心でした。1980年代から1990年代にかけては、パリの街なかでいつもカラフルな格好をしていて、"オウム"と呼ばれたこともあります。当時はまだ、カワイイスタイルが流行っていませんでした。プラスチックの花に50年代風シニョン、超ハイヒールのカラフルパンプスにアクセサリーじゃらじゃらをつけたスタイルです。その後、13年間のメキシコ暮らしで私は決定的に解放されました」

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「色とモチーフはいつだって私らしさを構成する一部」。photography: LOUIS TERAN

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ファッション信条

「私のスタイルは人生同様、なんでもありの折衷主義です。日本的なミニマリズムにしたり、ウェストウッドのトータルルックだったり。その日の気分やどうしたいか、威圧したいのか、安心感を与えたいのかで異なります。時には夜間撮影の忙しさのあまり、頭に血が昇ってブラックパンツを履いてしまうことさえあります。『エミリー、パリへ行く』は言わばメキシコ時代のマリリン。「本物の」パリジェンヌや「本物の」メキシコ人の大半がそんな格好をしてないとわかっていても、"らしさ"が大事。エミリーはファッションコードをねじ曲げていないし、どんなタイプでもありません。ただトレンドを解釈吸収し、自己表現しているのです」

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「私のスタイルは人生同様、なんでもありの折衷主義」。photography: LOUIS TERAN

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エミリー、パリへ行く

「このシリーズで人生が変わりました。この企画にかかわるようになったのは2019年、52歳のときで、それまで映画の仕事は何十本もしてきました。でもこの「エミリー、パリへ行く」の反響はすごかった。仕事を引き受ける基準は常に、題材や物語が面白いか興味をそそられるかです。時代を先取りして人々の求めるモノを作りだせる人たちはステキですね。このエミリーシリーズは、ファッションが主役だと思ったことはありません。私はファッション界の出身ではないし、ファッション界は尊敬しているけれど、昔から何よりも興味があったのは服そのものでした。オファーをもらったときにシナリオを読んでみました。シカゴからチェックのシャツを着てパリにやってきた女の子が、仕事でも上司のシルヴィにも、第1話からバカにされます。パリジェンヌ・スタイルを象徴するフィリピーヌ・ルロワ=ボリュー演じるシルヴィのスタイリングも私がやっていますけれどね。なぜエミリーは、スノッブな上司から服装についてあれこれ言われるがままなのか、私が嫌悪する典型的なパリジェンヌスタイルにしないためにはどうしたらいいのか? って思いました。主演のリリー・コリンズと話して、ある種のカルチャーショックを作り出す提案に彼女も同意してくれました。だから主人公の服はファッションアイコンではなく、キャラクターの表現としてスタイリングしています。それと、一般には知られていませんが、予算はかなり限られています。ユーズドをサイトで購入することもあり、1点あたり100ユーロが上限です。ショールームやスモールブランドは全部見て回ったから、現在はヴィンテージ・ブティックを開拓中です」

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「子どもの頃から他の人と同じ格好は絶対に嫌でした」。photography: LOUIS TERAN

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独創的なビジョン

「みんなから『ダサいものを美化している』と言われることは気にしていません。キャラクターを創るために働いているのであってその点では自由です。このシリーズはよくファッション誌から酷評されてきました。「エミリーがおしゃれになるにはこんな服を着るべき」なんて記事もありました。こちらの意図を全然理解していないんだなとかえって愉快になりました。コメントにも傷つきませんが時にはびっくりするような内容のものがあります。このシリーズのテーマはファッションではありません。ロックダウンでみんなの気分転換が必要な時期に登場した、楽しい気分になるためのカラフルな泡のようなものです。さんざんこきおろされて「陳腐」だと言われましたが、みんなが観てくれました! リリー・コリンズはずっとストイックでした。シーズン1で少しスタイルを変える提案をしたら、彼女は即座に断りました。「創ったキャラクターを掘り下げましょう」って。徹底的にやってくれて感謝しています。彼女はこのシリーズのプロデューサーでもありますが、服装を理由にいじめられた俳優はいないと断言できます(笑)! 『エミリー、パリへ行く』は誰も無関心ではいられない、芸術的なパッチワークのような作品です。目的は達成されたと私は思います。感動を呼び、話題となる。無関心でいられるよりもいいですね。フランス人は自分たちがこのシリーズを好んで観ていることを打ち明けられません! 罪なお楽しみですね」

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「パリの街なかでいつもカラフルな格好をしていて、"オウム"と呼ばれたこともあります」。photography: LOUIS TERAN

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特別なシーズン

「今シーズンは、これまでよりも達成感がありました。キャラクターが進化し、成熟したからです。女らしくなったエミリーは、初めてスウィンギング・ロンドン風のスリーピースのスーツを着て、フラットシューズを履きました。パリジェンヌだって常にハイヒールを履いているわけではないことを製作側も認めたんです。今シーズンもカラフルですが、以前よりも繊細になりました。型にはまったキャラクターという偏見が少し弱まるしょうか?」

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「12歳以降ジーンズを履いたことがないし、スニーカーも白いTシャツも私には無縁」。photography: LOUIS TERAN

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アメリカ人にとってのパリジェンヌ

「アメリカ人にとって、パリジェンヌはいつまでも絶対的な幻想。えもいわれぬ魅力がどこからくるのか、どうしたらパリジェンヌっぽくなれるのか、みんな知りたがっています。典型的なパリジェンヌはエフォートレス・シック、ヘアスタイルは無造作なのにおしゃれだし、ロゴは嫌いで、コーディネート上手。「着飾っているわね」はパリジェンヌ流の悪口なんです。上質なもの、価値あるバッグに投資を惜しまず、目指すは垢抜けた美しさ。もちろん、理想の白Tシャツとジーンズは常に探しています。アメリカ女性は髪もメイクも服もなにもかもやりすぎ、整いすぎです。その一方で週末のL.A.のファーマーズ・マーケットでは、パジャマにUGGやクロックスを履いて買い物に来る人たちがいます。パリではそういう光景が絶対ないことを願っています。だらしない格好にはぞっとします。自由は凡庸の代名詞ではありません。努力することは、周りの人を尊重することなのです」

シルヴィについて

「カリーヌ・ロワトフェルドにインスパイアされたのではと言われていますが、違います。シルヴィのキャラクターを演じているフィリピーヌ・ルロワ=ボリューのお母様がモデルです。ディオールでジュエリーデザインを手掛け、イタリアンブランドのミューズとなり、1960年代から1970年代にかけての人気俳優と結婚したすばらしい女性です。フィリピーヌのご両親は華麗なるジェットセッターでした。彼女の歩き方、ファッションのセンス、身のこなし、エレガンスは母親譲りなのです」

エミリーシリーズ終了後

「シーズン5が予定されているので、まだ先のことですね。このシリーズが大好きです。私たちが作りあげたのは、誰もが他のパートのスコアまで熟知しているシンフォニックオーケストラです。終了後のこと? 冷静に考えて、みんなそのうち忘れ去られるでしょうね。でも私はこのシリーズだけをやっているわけではありません! 5月から『Kaamelott』の第2部と第3部の仕事が始まり、なかなか大変です。自分のブランドを立ち上げる気はさらさらありません。自分の立ち位置がわかっているから。私は脚本家が書いたストーリーを服で表現するコスチュームデザイナーだし、これからもそうでしょう。『エミリー、パリへ行く』のおかげで海外でも名が売れて、いくつかのブランドからアドバイザーのオファーが来るようになりました。そうした話には興味があります。だってそれって想像力を働かせて、奇抜でおしゃれな結婚式を企画すればいいんでしょう」

スタイル哲学

「流行を追うのをやめましょう。なにが"in"でなにが"out"なのか考えるのをやめること。朝9時からスパンコールの服を着たってあなたを逮捕するファッション・ポリスはいません。ドット柄とチェック柄とストライプ柄を同時に身につけたっていいんです。このファッションはありとかなしとか、上から目線で物申す方々はどんな権威があって言っているのかしら? 自分のスタイルを見つけたいなら私のアドバイスはただひとつ。楽しみましょう!」

marylinfitoussi.com

text: Elisabeth Clauss (madame.lefigaro.fr)

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