第77回カンヌ国際映画祭を映画ジャーナリスト立田敦子が解説。

Culture 2024.08.16

毎年カンヌ国際映画祭に足を運び、オープニングから審査発表まで見届け、その年の映画界のトレンドをキャッチしている映画ジャーナリスト立田敦子。審査員長にはグレタ・ガーウィグを迎え、是枝裕和監督も審査メンバーとして参加した第77回の総論と、受賞作以外でも必見の作品を立田の視点でピックアップ。

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クロージングセレモニーに登場したコンペ部門の審査員団。左から、イタリアの名優ピエル・フランチェスコ・ファヴィーノ、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされたリリー・グラッドストーン、2018年にカンヌ審査員賞を受賞したレバノン出身の監督ナディーン・ラバキー、アメリカの監督・脚本家・俳優のグレタ・ガーウィグ審査員長、フランス人俳優エヴァ・グリーン、アカデミー賞2部門ノミネートの『雪山の絆』が記憶に新しいスペインの監督J・A・バヨナ、トルコの脚本家・写真家エブル・ジェイラン、パルムドール受賞歴もある是枝裕和監督、フランスの俳優オマール・シー。©Abaca Press/Alamy/amanaimages

昨年のパルムドールを受賞した『落下の解剖学』。ジュスティーヌ・トリエ監督は、『ピアノ・レッスン』(1993年)のジェーン・カンピオン、『TITAN/チタン』(2021年)のジュリア・デュクルノー監督に続いて、女性監督として史上3人目のパルムドール受賞者となった。

実際、カンヌは映画界の多様性に関する改革をさまざまなアプローチで推し進めているように思う。今年は、その象徴的な存在として、メイン部門であるコンペティション部門の審査員長にグレタ・ガーウィグを据えた。ガーウィグは、『フランシス・ハ』(12年)などで俳優として注目される一方、『レディ・バード』(17年)や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19年)で監督としても高く評価される。

『バービー』(23年)では、女性監督が手がけた作品として最大のヒットを記録し、アカデミー賞7部門にノミネートされるという快挙を成し遂げた。まだ40歳であるガーウィグがアート映画の殿堂カンヌのコンペの審査をどう采配するかは、本年度の最大の見どころだった。

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右奥:今年のカンヌ映画祭のポスターは、黒澤明監督『八月の狂詩曲』(1991年)の場面を切り取ったデザイン。右:スタジオジブリに映画界への貢献を讃える名誉パルムドールが授与され、宮崎吾朗監督が登壇した。

審査員団には、『存在のない子供たち』(18年)のナディーン・ラバキー、トルコの名匠ヌリ・ビルゲ・ジェイランの妻で脚本家のエブル・ジェイラン、そして日本の是枝裕和監督といったヒューマニストが名を連ねていたことから、人間性を深く掘り下げたドラマが有利と予想されたが、コンペのラインナップは例年以上にホラーなどジャンル系の作品が並んだ。

コロナ禍および昨年の米国脚本家組合、米国俳優組合のストライキの影響などで、全体的に品薄感も否めない国際映画祭だが、比較的低予算で製作が可能で、しかもリクープしやすいジャンル映画が増えることは仕方のないことかもしれない。

そんな中、最高賞のパルムドールを受賞したのは、アメリカのインディーズ映画作家として人気を誇るショーン・ベイカー『Anora』である。

セックスワーカーの若い女性アノーラが、ロシアの富豪との電撃結婚から離婚を巡るドタバタコメディだ。疾走感あふれる演出、ウィットに富んだセリフの応酬など、ベイカーの技術が存分に発揮され、さらにこの監督の信条ともいえる社会的弱者に寄り添う姿勢、人間の内面を見据える眼差しはこの作品の品格を決定付けている。次席となるグランプリを受賞したのは、インド映画としては30年ぶりのコンペ選出と話題になった新進監督パヤル・カパーリヤーの『All We Imagineas Light』だ。21年のカンヌで最優秀ドキュメンタリー賞を受賞している同監督による、現代に生きる女性の内面を繊細に描き出したドラマ作品だ。

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クイアパルム賞の審査員長は、デビュー作『Girl/ガール』(2018年)でカメラドール、『CLOSE/クロース』(22年)でグランプリを受賞した気鋭の監督ルーカス・ドン。

ところで、カンヌ映画祭はこれまで政治的発言や行動を許容してきた歴史があるが、今年は激化するアクティビストたちの行動を鑑みて、政治的活動の禁止を発表。映画祭総代表のティエリー・フレモーは、「我々の最大の関心は映画であり、政治論争抜きで映画祭を行うことを決めた」と述べた。しかし、これは表向きの話。俳優ケイト・ブランシェットによるウクライナカラーのドレスやある視点部門審査員長のグザヴィエ・ドランのスピーチなど、そんな行動は暗黙の了解として容認されていた。これもまたカンヌらしい風景であることは間違いない

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ある視点部門の審査員長は、『Mommy/マミー』(2014年)で審査員賞、『たかが世界の終わり』(16年)でグランプリを受賞するなどカンヌの常連グザヴィエ・ドラン。

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立田敦子がおすすめする必見の3本。

『Megalopolis』(原題)

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©︎2024 CAESAR FILM LLC. TOUS DROITS DERERVES

私財を投じた巨匠渾身の大作。

『地獄の黙示録』(1979年)などで2度パルムドールを受賞した85歳の巨匠フランシス・フォード・コッポラが、構想40年、1億2000万ドルの私費を投じて実現したSF大作。ニューヨークを思わせる荒廃した大都市を再建する建築家(アダム・ドライバー)の物語。個人的には好きだが、荒唐無稽だと評する批評家もいる。いかにもコッポラらしい。

●監督・脚本/フランシス・フォード・コッポラ
●出演/アダム・ドライバー、フォレスト・ウィテカー、ローレンス・フィッシュバーンほか ●2024年、アメリカ映画
●138分
●日本公開未定

『C'est Pas Moi 』(原題)

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ゴダールオマージュの私的エッセイ。

カンヌプレミア部門で上映されたレオス・カラックスの41分の中編。自身の過去作からの引用など、ゴダール風にイメージをコラージュし、自身でナレーションも手がける。デビュー当時、ゴダールの再来といわれた鬼才の、ゴダールへのオマージュともいえる。"これは私ではない"というタイトルだが、明らかに自身を語る私的エッセイ。

●監督・脚本/レオス・カラックス
●出演/レア・セドゥ、アダム・ドライバーほか ●2024年、フランス映画
●41分
●日本公開未定

『The Apprentice』(原題)

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©︎APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC._PROFILE PRODUCTIONS 2APS_TAILORED FILMS LTD

トランプ元大統領の闇の原点に迫る。

いかにモンスターは生まれたのか、若き日のドナルド・トランプと、彼に帝王学を授けたといわれる悪徳弁護士ロイ・コーンの関係を軸に描く。話し方から物腰まで、セバスチャン・スタンは本物そっくり。秋の大統領選までに公開してほしい作品だ。監督は『ボーダー 二つの世界』(2018年)で知られるイラン出身のアリ・アッバシ。

●監督・脚本/アリ・アッバシ
●出演/セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マリア・バカローバほか ●2024年、カナダ・デンマーク・アイルランド映画
●120分
●配給/キノフィルムズ
●日本公開未定
Atsuko Tatsuta
大学在学中に編集・ライターとして活動し、映画ジャーナリストとしてさまざまな媒体で活躍。カンヌ映画祭に毎年出席し、独自の視点でレポートを発信する。

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【立田敦子のカンヌ映画祭2024 #01】グレタ・ガーウィグが審査員長!カンヌ映画祭が開幕。

*「フィガロジャポン」2024年9月号より抜粋

text: Atsuko Tatsuta editing: Momoko Suzuki photography: ©Festival de Cannes

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