「人を育てる姿勢のある現場」写真家・在本彌生が映画『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』に見た景色とは?
Culture 2024.08.22
成熟の眼に映る食の道が、世界の客人の心を動かす。
『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』
3人の男性がテーブルを囲み、なにやら話し合っている。営業前の、あるいは休憩時間のレストランの店内。余計な解説はない。年の頃や服装の印象はバラバラな3人、会話が率直で、彼らの関係性に絶妙なバランスがうかがえる。決して派手ではないが、この先のストーリーの行方がやけに気になる。登場人物との絶妙な距離感、オープニングからドキュメンタリーの巨匠、ワイズマン監督の成熟した視点に唸る。日常のあたりまえの時間を美しく淡々と切り取るカメラワーク。フィクションもドキュメンタリーも"物語"に違いなく、あらゆる光景がドラマであるという映像世界の本質を、ドラマティックな盛り上げ方を排していともさりげなく、始まりから突きつけられる。
フランスの中央部の街ロアンヌ、彼らの店、ル・セントラルのテーブルで食材について話し合っていた3人こそ、かの名店、トロワグロの料理人親子。父は3代目のミッシェル、息子たちは4代目のセザールとレオだ。4代にわたり料理の道を継いでいて、なおかつミシュランの星を50年以上にわたりとり続けているこの一家、食の道を極めている。ロアンヌからさらに10㎞ほどの田舎の村ウーシュに、そのレストランがある。トロワグロ家の人々を軸に、一緒に働く料理人、ソムリエ、給仕、顧客たち、それぞれのやり取りが印象的に映し出される。
修業中の料理人とシェフの冷静な対話に私は特に関心を持った。怒鳴ることなどない、ただ、できていないことを率直に指摘される。人を育てる姿勢のある現場だ。給仕スタッフと顧客の会話のやり取り、距離感も実にスマートで気持ちいい。顧客も料理人も世界各国から集う。極めつきの料理が世界中から集まった感覚で味わわれること、それは楽しいファンタジーでもあろう。あらためて思う、食はなぜにこうも人の感情に触れるのだろう。
監督/フレデリック・ワイズマン
出演/ミッシェル・トロワグロ、セザール・トロワグロ、レオ・トロワグロほか
2023年、アメリカ映画 240分
配給/セテラ・インターナショナル
8月23日より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国にて順次公開
https://www.shifuku-troisgros.com/
アリタリア航空の乗務員時代に写真と邂逅。2006年に独立、被写体を求めて世界を巡る。写真集に『MAGICAL TRANSIT DAYS』(アートビートパブリッシャーズ刊)、『わたしの獣たち』(青幻舎刊)、『熊を彫る人』(小学館刊)。
*「フィガロジャポン」2024年10月号より抜粋
text: Takashi Goto