写真家TISCHが、新たな表現技法も取り入れた個展「ANT」を開催。
Culture 2024.10.31
フォトグラファーとして活躍するTISCHが、南青山のTHEO GALLERYにて、11月1日より個展「ANT」を開催。
日常、わたしたちが知覚、認識しているものを、ヒトとつくりの異なる、動物、植物、昆虫、微生物らはどう捉えているのか。果ては鉱物のようなものにも主体があるとしたら。そんな探究心が度を越してしまう世界=ANTは、鉱物になりたい人々の情熱のうねり、1968年にこの世界と分岐した別の世界線の物語。今回の展示は、その序章となる。
TISCHは、東京藝術大学美術学部芸術学科で美学を専攻し、アドルノの『美の理論』を研究。卒業後は日本デザインセンターで広告写真技法を学び、2005年よりフォトグラファーとして独立した。『フィガロジャポン』をはじめ、さまざまなモード誌で活躍し、コマーシャルワークを行う一方、2012年からは東京とパリのアトリエを往復し作品制作を始める。市井の日常から生まれる偶発的な事件性を捉えて普遍記号化するファウンドフォトに近似する写真表現技法に加え、フェミニズムなどファッションカルチャーの言語を重ねて絵画作品を制作する。本展はそれらを発表する初めての機会なので、ぜひ会場へ足を運んでほしい。
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以下は、個展の開催にあたり、FIGARO.jpにそのきっかけや心境を綴ったTISCHの言葉だ。
「写真、絵画、オブジェ、異なる制作手法のなかで、自身のクリエイティブの源、原動力、インスパイア源とは何か。
写真を使った表現ジャンルのひとつにファウンドフォトがあります。蚤の市でみつけた古いポストカードやアルバムにあるような写真を並べて、テーマ性を持って組写真で見せていく方法です。この表現の面白さに魅了されたのは10年以上も前で、東京でのキャリアの次を模索し、パリに居を構えた頃でした。
小さなカメラを2台首から下げ、毎日足を棒にしておよそ8年、数万枚のストリートフォトを撮りました。ファウンドフォトにおける撮影者は不特定多数ですが、自身で撮影した擬似的な素人写真を組み上げて、行間豊かな映像詩をつくるつもりでした。これが制作の第一契機です。
パリの生活で程なく起こったアクシデントは、たまたま手に入れたセヌリエの透明水彩の美しさに出会ったことでした。非常に没頭してドローイングを何千何万と描きました。次第に写真とドローイングを併用したインスタレーションを夢想するようになって、これが制作の第二の契機になります。
そして2008年、ファッションの世界では、CELINEのフィービー・ファイロの美学が時代を震撼させ、人々は一過性の豪奢なものよりも永続性のある素朴な豊かさや知的な洗練を標榜するようになります。
当時の私は空想的な物語作りやバロック調の大げさなポーズを得意としていましたが、作風や問題意識を時代に合わせてチューニングする必要がありました。この頃の理論構築のためのアイドリングが一番辛く、後々最も重要な時間でした。これが第三の契機です。
第四の契機は、古書店で手に入れたアンリ・カルティエ・ブレッソンの『人と機械(L'Homme & La Machine)』という写真集です。1968年当時の人々の、TV放送の普及や機械産業のもらたす新時代への渇望が編まれています。多様な階級、職種、国、民族に向けられたファインダーはユーモアとウィットに満ち、優れた記録写真以上の物語性を帯びていました。上質な記録写真は、時空を隔絶した私たちには上質な娯楽映画に映るのだとわかった時、私が熱中していたファウンドフォトや、長年関わっってきたファッションの言語や、遊びながら学んだ絵画の技術がパズルのように組み合わさって、動機・理論・技法の習得と言った、作品制作のための必要条件が揃ったのでした。
今回の展示は写真、絵画、オブジェのインスタレーションです。私の写真は現実を写しながらも、事柄自体というよりは、普遍的・象徴的であることを強く意図しています。さらにそれらはバラバラの文脈で組み合わさるために、だんだん現実離れした架空の出来事のように見えてきます。写真が架空世界を作る装置なので、絵画はイメージとしてはその架空性をさらに助長しつつも、量感によって、より鑑賞者の身体的な認識に訴えていきます。オブジェはさらにその三次元性を強める役割としてあります。異なるメディアの往復によって、鑑賞者を形而上学や物理的な本質に導こうとする工夫は主題の物語とは別の仕掛けですが、作品に欠かせない要素です。
最後に今回の主題について。生物学では"環世界"という言葉を用いて、人以外の生物にも個々に主体があり、認識の世界があるとしています(編集注:ドイツの生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが20世紀はじめに提唱した概念)。植物もまた脳や五感を有するがゆえに環境へ進化適応するのだから人に近しいとする学者もいて、スイスなどでは植物の尊厳を認める制定が憲法で表されています。人間と植物が法の同一線上で語られるというのはとても面白い話です。
さらに想像を逞しくして、人の身体構造から最も遠いもの、鉱物について同じことが起こったら面白いのではないかと考えました。ブレッソンの描いた1968年は世界中で市民運動が激化した特別な年号ですが、この年から分岐させた架空の世界線、人々の情熱を丸ごと鉱物への憧れに置き換えて巻き起こる新たな狂想曲が『ANT』の世界です。度を越した強迫観念がもたらす想像力の果てに、人々が行き着くものは一体何なのか。そして物語の中で『ANT』が意味するものとは。そんな謎解きの楽しみとともご鑑賞いただけますと幸いです」
会期:2024年11月1日(月)〜10日(日)11:00〜18:00 *最終日は20:00まで。
会場:THEO GALLERY
東京都港区南青山7-4-2 アトリウム青山201
text: Natsuko Kadokura