50年の時を経て生まれ変わった『エマニュエル』、オードレイ・ディヴァン監督が描きたかった「エロティシズム」とは?

Culture 2024.12.29

1974年に公開されたシルビア・クリステル主演の映画『エマニエル夫人』は世に衝撃を与え、ひとつの社会現象となった。観客動員数はフランス本国だけで900万人、世界で4500万人、そしてパリのとある映画館では10年間連続上映された。しかし半世紀が経ち、性の規範は変容した。男女同権を求める闘いは実を結び始め、スクリーンでの表現も進化した。シャンタル・アケルマン、ジェーン・カンピオン、アニエス・ヴァルダらの先達に続く新世代の女性監督たちが、新しい視点や問いかけを始めている。

なかでもオードレイ・ディヴァンは、わずか2作でフランス映画界をリードする存在となった。『Mais Vous Êtes Fous』(原題、2019年)では嘘や依存症に苦悩するカップルを描いた。ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『あのこと』(21年、アニー・エルノー原作)では、妊娠によってのっぴきならない状況に陥った女学生を通じ、既成概念と闘う自由でたくましい女性像を表現した。そんな監督の新作が『エマニュエル』だ。往年のヒット作『エマニエル夫人』の蠱惑的なアイコンに魅了されたディヴァン。今作『エマニュエル』の主人公は、もはや欲望もオーガズムも感じないファムファタールだ。

でっちあげられた機械的なセクシュアリティに囚われた主人公は自らの快楽、身体、欲望を取り戻そうとする。その過程で出会う妖しげで捉えどころのない男ケイ・シノハラは、彼女の分身なのだろうか。50年前は「欲望の対象」だったキャラクターから「主体」へと変容した主人公エマニュエルを演じる女優はノエミ・メルラン。セリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』(19年)やジャック・オディアール監督の『パリ13区』(21年)への出演や、彼女の持つフェミニスト的感性から新たなヒロインに選ばれた。

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主人公エマニュエル(ノエミ・メルラン)と、彼女を挑発するようなビジネスマン、ケイ・シノハラ(ウィル・シャープ)。

「ノエミは、出会ってすぐに映画の核心を理解してくれました。それは枯渇した欲望や快楽を取り戻す意味であり、人間の知性や魅力、絶対的な真理です」とディヴァンはメルランとの出会いを振り返る。ディヴァンはこれまでにヴァレリー・ドンゼッリ監督の『L'Amour et les Forêts』(原題、23年)の脚本を担当し、夫の精神的な支配を受けて地獄を味わう女性の姿を描いてセザール賞を受賞した。さらにジル・ルルーシュ監督の『L'Amour Ouf』(原題、24年)では家庭環境の違う同級生ふたりの運命的な恋を描いた脚本を共同で担当した。

「長い間、女性の物語は可視化されてこなかった。発掘し、掘り下げるべきものがある無尽蔵の鉱脈です。個人的にも芸術面でも、私はそこを追求しているのです」

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「エロティシズムをベッドシーンの羅列で終わらせたくなかった」

――主人公を通して「エロティシズムとは何か」を考えたのですか?

そうです。監督として、エロティシズムは、フレームの観点からも映画制作として興味深いものです。見せるものと隠すものとの間に、ある種の緊張感が存在することで、観客は見えていないものに思いを巡らせるようになります。最初の映画から50年が経ち、人々の意識は変化しています。原作で興味を持ったのは、イメージよりも言葉の部分でした。原作でエマニュエルは年上の男性とエロティシズムについて、半ば哲学的なやりとりをします。ふたりの対話にはある種の嗜好や美学が含まれており、そこに惹かれました。ポルノはどこか生々しさを伴うものですが、身体性は映像にすると劣化します。美の概念を中心に据えたいと思った時、それは対話でしか成立しません。

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映画の舞台になったのは、全てか管理され衛生的で快適に見える香港の五つ星ホテルと、そこから解放されたかのような雑多な市街地。夜の香港を、エマニュエルとシノハラは徘徊する。

――それが「欲望の不在」ということでしょうか?

私たちが生きる社会は貪欲です。賢く立ち回り、楽しく生きて、素敵な自分を演出しなくてはならない。これを逆手に取り、快楽も欲望も感じない主人公を通じてさまざまな問いを投げかけました。この社会で女性として生きるとはどういうことか? 成果主義の圧力とどう向き合うべきか? イメージや過剰なコミュニケーションに支配された私たちは、どのように快楽と向き合えばいいのか? 徹底して管理された状況を出発点に、他者の視線の偏在を牢獄のように感じていた主人公が徐々に自分の弱さを受け入れ、完璧主義を捨てた時にどう感じるかを描きました。

――欲望や快楽をスクリーンでどう表現するのでしょう?

それがこの作品の肝でした。『あのこと』では感覚を伝えることに注力しましたが、それは「痛み」に関して。同じように「快楽」を分かち合えるか、女性のオーガズムやそれがもたらす感覚を語ることができるか自問しました。こうした観点は珍しいですが、男女とも関心がある題材です。結局のところ、エロティシズムは他の題材と同じように扱えると考えるようになりました。言葉や沈黙、視線、違和感を通じて、エロティシズムは映画の空気を侵食していきます。それをただのベッドシーンの羅列で終わらせたくはありませんでした。

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「長い間、女性の身体は観客の欲望の対象として撮られてきた」

――ノエミ・メルランとはどのように撮影を進めましたか?

『あのこと』の主演アナマリア・ヴァルトロメイ同様、ノエミがこの映画の要です。撮影当初、彼女の身体はとても硬く、まるで殻で覆われているようでした。長い間、女性の身体は観客の欲望の対象として供されました。そのプロセスを逆転させ、ノエミには自分の中の感覚に集中してもらいました。少し極端な言い方をすれば、それが「男性のまなざし」と「女性のまなざし」の違いです。前者の場合、女性は他者である男性のために存在し、後者では女性こそが中心で主題なのです。

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完璧に管理されたホテルから、香港の街へ飛び出すエマニュエル。グリーンのセクシーなカラーグレーディングが異国情緒を醸し出す。

――性的なシーンでは、インティマシーコーディネーターも活躍したのでしょうか?

複数名にお願いしました。撮影に先立って、いまの時代をきちんと理解し、最大限ポジティブかつ解放的なやり方で臨むためです。各場面を理解することで、誰もが楽しく働ける雰囲気を作る必要がありました。この場合、役者のみならず撮影チームにも配慮しなくてはなりません。"見ざるをえない状況"は、現場に居心地の悪さをもたらすこともあります。役者たちは定期的に映像チェックにやってきました。こうすることで画面に何が映り、何が映っていないのかを誰もが知り、のびのびと演じてもらえるようになります。でもこうしたシーンを恥ずかしいと捉えず、他のシーンと同じように思ってもらうために、最も大切なのは映像にどんな意味を与えるのかを決めて一緒に構築していくことなのです。ミリ単位の動きを役者に求めてフレームに縛り付けることは決してしません。演技にはある程度の自由があるべきです。ただしこの自由は、相手への敬意と傾聴の上に成り立つものです。

――あなたのこれまでの3作で描かれた女性は皆、切羽詰まって逃げ場を求めているように見えます。

自分ではどうしようもない、強迫観念のようなものです。こう感じるのは自分が社会のなかで置かれた立場のせいでしょう。完璧であらねばならないのは息が詰まると感じた結果、より大きな視点を求める気持ちが育まれたのでしょう。新たなプロジェクトに取り組むたびに、自分は同じことを繰り返し語っていると感じます。いつかはそこから逃れられるのでしょうか。これまで、強い女性たちに囲まれ、刺激を受けて生きてきました。今日、不遜で、反抗心とレジスタンス精神に富み、適応力の高い登場人物を描いているのは、きっと偶然ではありません。

――女性を主題にした映画は多いですが、ある種の商業的なご都合主義に陥っている作品も多いように感じます。

私自身、テーマ性のある映画に飽きを感じることもあります。優先すべきは感情や感覚で、実際『エマニュエル』で妥協したくなかったのはその点でした。ストーリーや世界観、旅、雰囲気を無視してひとつの主題のためだけに女性を描くやり方は好きではありません。純然たるフィクションを通じて新しい視点が生まれるのは大歓迎です。

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Audrey Diwan/1980年、フランス生まれ。パリ政治学院でジャーナリズムと政治学を学んだ後、ファッション誌やカルチャー誌の記者を経て、2008年から脚本家として活躍。19年、『Mais Vous Êtes Fous』(原題)で監督デビューを果たす。そして、ノーベル文学賞を受賞したフランスを代表する作家アニー・エルノーの小説『事件』を自ら脚色した監督第2作『あのこと』(21年)で、ベネチア国際映画祭金獅子賞、ルミエール賞作品賞を受賞。
『エマニュエル』
●監督・共同脚本/オードレイ・ディヴァン
●原案/『エマニエル夫人』 エマニエル・アルサン著
●出演/ノエミ・メルラン、ウィル・シャープ、ジェイミー・キャンベル・バウアー、チャチャ・ホアン、アンソニー・ウォン、ナオミ・ワッツ ほか
●2024年、フランス映画
●105分 ●R15+
●配給/ギャガ
●2025年1月10日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開。
© 2024 CHANTELOUVE - RECTANGLE PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHÉ FILMS
https://gaga.ne.jp/emmanuelle/
公式X:@emmanuelle_2025

From madameFIGARO.fr

text: Marilyne Letertre(madame.lefigaro.fr) photography: Matias Indjic  hair: Bénédicte Cazeau make up: Elisabeth Doucet

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