50年ぶりの新生『エマニュエル』は、SNS社会で失った「エロティシズム」を取り戻す物語。

Culture 2024.12.30

東南アジアに赴任した若妻の奔放な性を描いて1974年に女性たちを熱狂させた映画『エマニエル夫人』が、現代に時を移し、再び蘇る。50年の時を経て、女性のエロティシズムと欲望はどのように変化したのか。SNSやインターネットの普及によりエロスが無味乾燥化した現代にあえて「官能とは何か」を問う、オードレイ・ディヴァン監督の最新作『エマニュエル』が1月10日から全国上映される。それは現代人のヒロインが失ったエロティシズムを取り戻し、悦びに目覚めて行く物語だった。

籐で編まれたピーコックチェアで脚を組むシルビア・クリステル......。耽美なヌードのポスターが社会現象にまでなった『エマニエル夫人』。年上の夫に言われるがまま、セックスを面倒な感情抜きで誰とでも愉しむ、ある種"両性具有的"な若妻の性。70年代当時としては画期的なこの作品は、同性愛やマスターベーション、乱交などセンセーショナルなプレイがフレンチシネマ的演出でスタイリッシュに描かれ、女性も堂々と楽しめるポルノ作品の先駆け的存在となった。日比谷のみゆき座は昼間から大行列となり、観客の75%が女性客。日本国内の興行収入は約4億円という洋画にしては異例の大ヒット。

そんなブームから50年。『あのこと』(2021年)でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得したオードレイ・デイヴァン監督が手がけた新生『エマニュエル』。スマホで無料ポルノがダウンロードできる令和において、女性の欲望はどう変わったのだろう。

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セックスがあっても、親密感が生まれない世界。

日本の20代から50代の夫婦の約7割がセックスレスだという調査結果を見たことがある。さもありなん。性的コンテンツが容易に手に入る世の中になればなるほど、人々の性的欲望は無機質で味気ないものになり、官能性が薄まって行くのは当然の帰結。それを『エマニュエル』のヒロイン、エマニュエルの姿は端的に示している。冒頭、飛行機内でのセックスシーンは前作へのオマージュだが、そこに悦びはなく、情緒のない即物的なファックがあるだけだ。前作の舞台はタイだったけれど、今作では香港。ホテルの品質調査員であるエマニュエルは、ワンナイトスタンドには積極的なのに不感症気味。彼女が暮らす世界は目に触れるものすべてが従業員の手によって完璧に設えられた、高級ホテルという人工的舞台装置の中。異邦人である彼女は、賑やかなダイニングに身を置いている時でさえとても孤独だ。職業柄、目に入るものを分析せずにはいられず、会話も「堅苦しくて皮肉っぽい」から、他者との間には常に壁がある。すべてが自己完結する世界。セックスがあっても、そこに親密感は生まれない。

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主人公エマニュエル(ノエミ・メルラン)は、フランスから訪れた覆面のホテルサービス審査員。

そんなヒロインに、電話口の女の声が告げる。「すべてを楽しむの。匂いも色も、綺麗な花も」。この「五感を駆使して堪能する」ことがまさに、現代人が失ってしまった(ように見える)性欲とエロティシズムを取り戻すために必要なこと。台風の夜の停電により、宿泊客たちが暗がりの中、キャンドルの灯りの下、舌だけで料理を味わい、生演奏の音楽で晩餐を楽しむ様子は、電子機器に依存するあまり、真の欲求すらもわからなくなってしまった我々の生活を示唆している。欲望すらコントロールされているこの世界では、その平穏を乱すような事件が起きなくては、本物のエロティシズムなんて得られないのだ。

そう、観客はエマニュエルの目を通して、彼女とともに官能を発見していく。謎めいた日本人ビジネスマン、ケイ・シノハラやアジア人の娼婦との交流を通してインティマシーを深め、シノハラが居ない間に客室に忍び込んで枕の感触を確かめ、彼が使う浴槽の水の味(!)を味わってみる。そうやって、エマニュエルはひとつひとつ、感覚を目覚めさせていくのである。このフェティッシュな彼女の行動は、同じ香港で撮られたウォン・カーウァイの名作恋愛映画『花様年華』(2000年)のような趣きがある。もっとも『花様年華』でヒロインがこっそり味わうのは、愛する人が嗜む煙草の味だったが。

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官能に対し、もはや「不感症」になった現代人。

劇中のセクシュアルなシーンには、ある特徴がある。彼女の入浴を覗くホテルマン、娼婦の逢引きを窓から盗み見するエマニュエル、行きずりのカップルとの乱交、娼婦とのマスターベーションの見せ合いっこ、そして、スマホで自撮りしながらのセルフプレジャー。欲望の対象はジェンダーを問わず、レズビアン的な傾向もあるが、そこには絶えず「第三者の視線」が介在し、傍観者の立場は入れ替わって行く。

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ホテルの暗黙の了解の元、コールガールを務めているゼルダ(チャチャ・ホアン)。彼女の後を追っていったエマニュエルは......。

ある日、シノハラの誘いに乗り、ついにホテルの外へ飛び出した彼女は香港という街の匂いを初めて嗅ぎ、自らのエロスを解放し始める。これまではホテルというガラスの箱の中で息をしていたに過ぎず、この街を味わおうともしなかった彼女にとって、それは冒険だ。しかし、ここでも一緒に居るにも関わらずスマホのメッセージでエロティックなセルフィをシノハラに送りつけ、ついにオーガズムを得る時でさえも、シノハラには指一本触れない。明らかに彼にそそられているのに、直接的に誘惑することは最後までしないのである。前作『エマニエル夫人』でヒロインの性を調教した老紳士マリオが「抱くのが目的ではない。教えるのだ」と言っていたように、シノハラに与えられたのは、エマニュエルを肉体的に目覚めさせるため、彼女を導く役割でしかないからだ。

また、今作におけるシノハラの存在は、欲望とは他者の眼差しが存在するところに起こるものだというメタファーであり、また一方では、SNSで不特定多数の人々の目に晒され続けることで官能に対しもはや不感症になった私たち現代人への皮肉とのダブルミーニングを有している。自らの性的欲望を解き放ち、絶頂に達し初めて満ち足りた笑みを見せたエマニュエル。それは彼女が社会的な立場を手放し、完全なる精神の自由を手にしたから手に入れられたもの。ここに『エマニエル夫人』との類似点があるとすれば、両作とも、女性が欲望を解放させる物語だということだ。

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私たちを「快楽」から縛るものとは?

女性が男性の所有物のように扱われていた時代から50年経ったいまでさえ、リビドーを麻痺させるほどに私たちを快楽から縛っているものは、一体何なのか。私たちは巷にあふれるさまざまなコンテンツを消費しているように見えて、実際には欲しくもないものを欲しくもない時に欲しいと思い込まされているだけで、コンテンツに消費させられているのかもしれない。そんなまやかしと刷り込みの欲望に、純粋な悦びなど感じるはずもないのに。

本来プレジャーとは、アマゾンやウーバーでタイパやコスパを気にしながら得られるものではない。そこには血と肉が通った人間同士の、時に面倒で複雑なコミュニケーションが必要とされ、エマニュエルのようにそこに飛び込む勇気を持てた者だけが味わえる、甘い蜜のようなものだから。

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前回の印象的なポスターに対比するような、今作のイメージビジュアルにもなったワンシーン。

ところで「誰も傷つかない、責任も障害も生じない、完全に自由な性的ファンタジー」、そんな一見アンリアリスティックなこの映画の世界観が成立しているのはなぜなのか。それは、香港という植民地的背景と特殊な成り立ちを持つ資本主義都市を舞台にしていることも大きいのではないか。この街には、誰もが旅人のような、一種の浮遊感と非日常的な空気がある。古来よりフランス文学や映画では、恋愛はブルジョワジーが倦怠への恐れから嗜む現実逃避の娯楽のひとつでしかないが、エマニュエルもまた、そんな香港を旅する日常に飽いた富裕層のフランス人なのだ。

『エマニュエル』
●監督・共同脚本/オードレイ・ディヴァン
●原案/『エマニエル夫人』 エマニエル・アルサン著
●出演/ノエミ・メルラン、ウィル・シャープ、ジェイミー・キャンベル・バウアー、チャチャ・ホアン、アンソニー・ウォン、ナオミ・ワッツ ほか
●2024年、フランス映画
●105分 ●R15+
●配給/ギャガ
●2025年1月10日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開。
© 2024 CHANTELOUVE - RECTANGLE PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHÉ FILMS
https://gaga.ne.jp/emmanuelle/
公式X:@emmanuelle_2025
Moyuru Sakai/ボストンの大学を卒業後、出版社勤務ののち、海外セレブのトレンド記事やバツイチ視点からの恋愛コラムなどを中心に執筆するフリーランスライター。ポッドキャスト「教えて!バツイチ先生」毎週水曜20時配信中。
instagram: @moyurusakai
X: @batsu1teacher

text: Moyuru Sakai

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