境界を越える3つの物語──移民、少女、ラッパーの選択。8月公開の新作映画をお届け。
Culture 2025.08.05
01. 出口なしの密室心理ドラマの、鋭い現代性。
『入国審査』

エレナとディエゴは念願の米国移住を期し、バルセロナからニューヨークへ到着。メキシコ国境の警備を巡り、非常事態の報も漏れ伝わる中、親戚のいるマイアミへ向かうつもり。だが、税関で思いがけない足止めを食らう。ふたりの円満さや旅の期待感に不穏な影がさすプロローグだ。搭乗時刻無視、飲食不可のまま奥へ導かれるや、密室の会話劇の緊迫度が跳ね上がる。事実婚カップルの将来を差配する"尋問"は、まるで偽装の仲を暴くようにズカズカ私事に踏み込む。理不尽極まりなくも理詰めのねちっこさに息もつけない。各自別室にして、彼に利用されてるのか、とエレナを疑心暗鬼に誘う手口よ! 移民の国の移民政策。そのアメリカファーストなご都合主義を突く今日性がある。
●監督・脚本/アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス
●2023年、スペイン映画
●77分 ●配給/松竹
●8月1日より、新宿ピカデリーほか全国にて順次公開
https://movies.shochiku.co.jp/uponentry/
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02. 都会の享楽の戸口に立つ、少女の憂いと憧れ。
『美しい夏』

舟遊び中のアメーリアが湖に飛び込む。水の精のように水滴を纏って緑の湖畔へ。ピクニック中のジーニアの目に映る清冽な出会いのシーン。新星ディーヴァ・カッセル扮するアメーリアは、老若の画家と浮き名を流す恋多き女だ。恋愛に奥手な16歳のお針子ジーニアが彼女への憧憬や嫉妬心をバネに、1938年夏のトリノで大人の道を歩む。原作者が伊20世紀文学のパヴェーゼとなると、巨匠アントニオーニの出世作『女ともだち』(55年)を思い出すが、大地の色が似合うジーニアは都会の蒼ざめた色に染まれど、うぬぼれ屋の男たちより無二の女友だちに心を寄せる。水辺の緑に回帰する終章とともに、その友愛の形こそが美しい。森の落ち葉に同化したジーニアの視線の先も見逃せない。
●監督・脚本/ラウラ・ルケッティ
●2023年、イタリア映画 ●111分
●配給/ミモザフィルムズ
●8月1日より、シネスイッチ銀座ほか全国にて順次公開
https://mimosafilms.com/labellaestate/
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03. 本人主演による半自伝音楽映画の痛快な弾け方。
『KNEECAP/ニーキャップ』

息子が父を乗り越える父殺しの神話に基づき、父と息子の物語は悲劇的なことが少なくないが、本作のサブストーリーをなす父子関係は年の離れた兄弟のよう。それが『トレインスポッティング』(1996年)リスペクトのこのポップ&パンクな音楽映画に陽気な哄笑をもたらす。西ベルファストは北アイルランド紛争の矢面に立ち続けた。粗末にされてきたアイルランド語の復権こそ「自由への弾丸」。マイケル・ファスベンダー好助演の父に幼少期からそう教えられたニーシャは、幼なじみらとヒップホップトリオを結成。アイルランド語ラップを駆使した破天荒なパフォーマンスでUKロック界の風雲児となる。ゆえあって失踪していた父が、グループ解散の外圧にひと肌脱ぐのもすこぶる愉快。
●監督・脚本/リッチ・ペピアット
●2024年、イギリス・アイルランド映画 ●105分
●配給/アンプラグド
●8月1日より、新宿シネマカリテほか全国にて順次公開
https://unpfilm.com/kneecap/
*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋
text: Takashi Goto