パリ・オペラ座『眠れる森の美女』の公演をシネマで! 気鋭のダンサー、シェール・ワグマンが見どころを語る。

Culture 2025.08.12

ロココ様式のフランス宮廷を再現した贅を尽くした舞台美術、パステルカラーの雅な衣装、そして圧倒的とも言える大勢のダンサーたちが舞台を埋め尽くす、ルドルフ・ヌレエフ版の『眠れる森の美女』。パリ・オペラ座で今シーズン、2013年以来12年ぶりに再演されたグランドバレエの金字塔が、8月22日(金)から28日(木)まで期間限定で上映される。昨秋の入団以来、次々と大役を射止めて注目を集めるブルーバード役のシェール・ワグマンに、本作にかける想いや見どころについて語ってもらった。

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主演のオーロラ姫とデジレ王子は、若手エトワールのブルーエン・バティストーニとギヨーム・ディオップ。photography: Natalia Voronova


ミュンヘンから電撃移籍した、気鋭のカナダ人ダンサーに白羽の矢!

昨年9月にミュンヘン・バレエ団のファーストソリストという立場を捨てて、パリ・オペラ座にカドリーユとして入団したシェール・ワグマン。高い跳躍としなやかな柔軟性、そして圧倒的な存在感を持ち味に、最下位の階級ながら、入団した最初のシーズンで『シルヴィア』のエロスと牧神、『眠れる森の美女』では準主役のブルーバードの役に抜擢され、早くも順調なキャリアを築いているが、ここまでの歩みはバレエダンサーとしては非常にユニークだ。

カナダ・トロント出身のシェールがクラシックバレエを始めたのは13歳と遅咲きだが、母親の方針でヒップホップ、タップダンス、コンテンポラリーダンス、ジャズダンス、体操など、あらゆるダンスの基礎を叩きこまれていたため、バレエを始めてからわずか半年で才能を開花させ、名門モナコ・プリンセス・グレース・アカデミーに奨学生として留学する。

17歳で出場したローザンヌ国際バレエコンクールでは、1位を獲得。イングリッシュ・ナショナル・バレエ団を経て、ミュンヘン・バレエ団でソリストとして活躍したが、彼の憧れは少年時代から一貫して、マニュエル・ルグリや二コラ・ル・リッシュ、マチアス・エイマンらパリ・オペラ座のダンサーだった。心の中ではずっとパリ・オペラ座で踊ることを夢見ていたので、念願叶って入団が決まった時には、やっと自分が落ち着ける場所にたどり着いたと感じたという。

「『シルヴィア』でオペラ・ガルニエの舞台に立った時、涙があふれてきました。夢が本当に叶うとは思っていなかったからです。ここまでいろいろなことを犠牲にしてきました。築いてきたキャリアを捨てて、一から出発し直すことは、簡単に決断できることではありませんでした。でも夢が叶う瞬間が訪れたのです......!」

超絶技巧尽くしの、ヌレエフ版『眠れる森の美女』。

そしてオペラ・バスティーユで今年4月に上演された本作『眠れる森の美女』では、シェールは堂々たるブルーバードを披露した。高いジャンプと柔らかいプリエで見事な躍動感を印象付けながらも、どこか怪しい雰囲気を纏わせるブルーバードを魅力的に演じ切っている。役作りにあたって、どのようなアプローチをとったのだろうか?

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第3幕の結婚式場面でのディベルティスマンの花形、ブルーバード(シェール・ワグマン)とフロリナ姫(イネス・マッキントッシュ)。

「まずは鳥の動きを研究して、鳥が何を感じて動いているかを考えたのです。鳥は、目を先に動かして、それから頭を動かすという習性があるので、踊りでも目の動きをかなり意識しました。テクニック面では、シャープに動くことと同時に腕の柔らかさも求められる役です。指導してくれたジル・イゾアールからは、『腕をさざ波のように細かく動かしてほしい』とアドバイスをもらったので、羽のひとつひとつを動かすつもりで腕を使うようにしました。あと、僕はもともと鳥が大好き。鳥は天使の使い、あるいは神の使いと考えています。ただし、鳥には獰猛さとかダークな側面もあるから、そういったエッセンスを混ぜてキャラクターをつくりました。もともとの童話である『青い鳥』では、魔法で鳥に変えられてしまった王子が、フロリナ姫と心を通わせているという設定です。笛の音色は鳥のさえずりで、フロリナへの愛を歌い上げているわけですが、それを身体の動きで表現しています」

同時に、彼自身の踊りにも変化も見られる。脚の運びやポールドブラ、エポールマンといったバレエの基本的な動作を、パリ・オペラ座のスタイルであるフレンチメソッドに刷新する必要があったからだ。

「まだまだマスターしたとは言えず、フランスのスタイルを自分の芸術性などの表現の要素と統合していくプロセスを踏んでいる最中です。これまで、ワガノワメソッドやアメリカンスタイルといった、さまざまな流派のバレエを学んできましたが、フランスのスタイルは全くの別物。特にポールドブラが違いますね。あとコーディネーションをすごく大事にしているのも特徴です。フランスバレエの洗練をどうにかして自分のダンスに取り入れていきたいけれど、まだまだ先は長いから、日々努力しています」

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第1幕で16歳のオーロラ姫を溌剌と踊るブルーエン・バティストーニは、昨年エトワールに昇進したばかり。求婚する4人の王子も個性的に描かれる。photography: Natalia Voronova

生で観るより臨場感を味わえる、大スクリーン。

現在パリ・オペラ座で上演される『眠れる森の美女』といえば、マリウス・プティパの振付を最大限に尊重しながらヌレエフが1989年に作った本ヴァージョンを指すが、通常よりも男性ダンサーの見せ場が増やされ、さらに男女ともに高難度の技術が求められているのが特徴だ。目が眩むばかりの豪華絢爛な舞台セットが圧巻だが、大スクリーンなら、衣装のディテールやダンサーの脚さばきの音まで、まるで至近距離で観賞しているかのごとく、細部までじっくり堪能できる。

「シネマを観る方には、まず僕が踊っているブルーバードにぜひ注目していただきたいですね。それまでのストーリーの流れとは異なるエネルギーを放ち、ダイナミックな変化を与える場面です。あと、個人的に好きなのは、第2幕の王子のヴァリエーションです。非常にゆっくりとしたバイオリンの音色に合わせた、息をのむほど美しいソロなのですが、いつか自分も踊ることができたら......! 男性のソロとしては非常にユニークで、王子の心情を描き出す場面です。心から愛を求めている彼自身の感情を吐露する、とても素晴らしいソロパートです」

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ヌレエフ版では、第2幕にデジレ王子によるソロシーンが追加されており、従来よりも王子の人物像を深掘りしているのも見どころのひとつ。photography: Natalia Voronova

パリ・オペラ座でのこれから。

目を輝かせて、将来の夢についても口にしたシェールだが、パリ・オペラ座で踊るということは、彼にとってどのような意味があるのだろうか。

「歴史あるバレエ団で、エレガントなフレンチスタイルで踊ることがずっと夢でした。今日、ダンサーは自分のスタイルをしっかり持つことが求められていますが、フランスのバレエはアイデンティティが確立されています。舞台に立つ度に、パリ・オペラ座の歴史の重みを感じ、過去にここで踊ってきたダンサーたちに想いを馳せています。同時にモダンなところもあって、コンテンポラリー作品も力を入れているし、新しい振付家によるクリエイションも行われていて、パリ・オペラ座は決して博物館ではないんですね。歴史を大事にしながら新しいものを取り入れて、次の世代に引き継いでいくという役割がある素晴らしい劇場だから、ここで踊ることができて本当に幸せです」

そして9月からはいよいよ2025-26シーズンが開幕する。どのような新シーズンになりそうだろうか?

「来シーズンのレパートリーは、どれも素晴らしいものばかり。どの作品に出るかはまだ分かっていないけれど、『ラ・バヤデール』はすごく楽しみにしている作品のひとつ。『ロミオとジュリエット』とノイマイヤーの『椿姫』も大好きな作品なので、出られるといいですが。それから、クリストファー・ウィールドンとデヴィッド・ドーソンの作品も予定されています。ウィールドン作品はミュンヘンで『不思議の国のアリス』を踊ったことがあるので、彼と再び仕事ができるのが楽しみですし、デヴィッド・ドーソンともいい関係を築いているので、彼の新作にも期待しています。ひとつひとつの作品が自分を成長させてくれていると実感するので、来年の今頃、自分がどう変わっているかを考えるとわくわくします。いつか日本の皆さんの前でも踊るチャンスが巡ってきますように!」

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パリ・オペラ座 IN シネマ 2025『眠れる森の美女』
期間:8月22日(金)~8月28日(木)劇場公開
出演:ブルーエン・バティストーニ、ギョーム・ディオップ、シェール・ワグマン、イネス・マッキントッシュほか
(2025年4月10日 オペラ・バスティーユにて収録)
https://tohotowa.co.jp/parisopera/movie/the_sleeping_beauty/

text: ERI ARIMOTO

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