Syn──森山直太朗とWONDER FULL LIFEが中心に、表現者とつくり手が境界を超えた先に見る景色。
Culture 2025.09.30
photography: Kosuke Mae
アンビエントな旋律の「弓弦葉」とアコースティックで躍動感あふれる「Yeeeehaaaaw」。スタイルの異なる2枚のアルバム作品を携えた全国ツアーを直前に控えるフォークシンガーの森山直太朗がWONDER FULL LIFEと共同企画で、これまでにはまったくない試みとなる舞台「Syn」を密かに準備中だという。アーティストとしてだけでなく、この世に生きる人間の一人として「なぜつくり続けるか」について、意識をともにする仲間と原点に立ち戻って考えるプロジェクト「Syn」について話を聞いた。
森山直太朗が音楽活動の傍らで、強烈な熱量をもって取り組んでいるのが「Syn(シン)」というプロジェクトだ。Synは、音楽、服飾、工芸、アート、言語など、異なる領域で活動する人々が一丸となり、新しい表現の可能性を模索するイベント。その中心となっているのは、森山直太朗とファッションとアートを両軸に活動するWODER FULL LIFEを主宰する大脇千加子だ。
ことの始まりは、森山がこれまで開催したライブコンサートで、毎回作ってきた「ツアーTシャツ」の在庫だった。
「いわゆる売れ残りですが、これらは僕が20年以上活動を続けてきた証でもあるし、Tシャツを大切に持ち続けてくれるファンやスタッフもいる。そう思うと簡単に捨てられず、ずっと大切に保管していたんです。あるとき友人の紹介で、布を溶かして糸の状態に戻して織り直す『反毛』という手法があることを知り、在庫のTシャツの一部を真っ白な布に戻してみました」
音楽はプロでも、テキスタイルは門外漢。仕上がった布を目の前に、そこから自身がどう反応すれば良いのか正直まったくわからなかった森山は、旧知の大脇千加子に相談を持ちかけた。
「この白い布を服やグッズに置き換えたとしても、また同じことの繰り返しになってしまう。そこで、できあがっていた布も、まだ残っていた直太朗君の歴史を纏ったコンサートTシャツも、再び舞台に返すことに可能性を感じて、緞帳をはじめとした舞台装飾にしてみようと構想しました。世に存在するすべての"モノ"は、さまざまな製造のプロセスとたくさんの人の手を通じて届けられたもの。日頃気軽に使っているものが、異国の果ての村で小さい規模ながらとても丁寧にものづくりをしている人たちがいる。そこまでを考えると、アップサイクルやSDG'sという感覚で表現するのは間違っている気がしたんです」
静かに、しかし強い眼差しで語る大脇千加子。ほぼ時を同じくして、家族が遺した着物や帯をどうにかしたいと文筆家・料理家の麻生要一郎とミュージシャンの坂本美雨からも相談受けた大脇は考えあぐねた上、彼らに思いがけぬ提案をした。
「モロッコで伝統的なものづくりに携わる職人たちを束ねるARTISAN PROJECTを訪問しようと思う。一緒にいかない?」
突拍子もない大脇の発言に一瞬惑いながらも、一同の気持ちは「他者に託そう」という考えから、「自分の目で最後まで見届けなければ」という方向に大きく切り替わっていった。
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一連の"遺物"を抱えモロッコに渡ったメンバーは、真摯にものづくりと向き合う現地の職人たちのピュアな姿勢と向き合い、行き場を見失ったモノたちの姿を重ね合わせていく。大脇の発案により、持ち寄った遺物がモロッコの手仕事を通じて、次々にかたちを変えていった。時代と歴史を重ねた帯はモロッコの履物、バブーシュに。そして、Tシャツや着物はモロッコ原産の毛糸と絡み合いながら、敷物という概念を越えたアート作品として、ボシャルウィットへと生まれ変わったのだ。
photography: Kosuke Mae
儚くも大切な存在が連鎖し、反応し合い、新たな風を巻き起こす。時代と領域を超えたクリエイティブな交流が大きく魂を奮わせ、自ら行動や視点を変えることで新しい道が開いていく。そう実感した森山と大脇は、この感覚をさらに多くの人と共有することができないだろうかと思い始めた。
そんな折に、世紀を超えて受け継がれる古い鍵盤楽器の修復を行う大阪のPIANOPIAから、森山宛に京都文化博物館・別館で何か一緒にできないだろうかという話が持ちかけられる。
photography: Kosuke Mae
この別館は明治中期の1906年に日本銀行京都支店として建てられた煉瓦造の洋風建築で、現在は国の重要文化財指定も受ける由緒ある建物だ。森山と大脇は歴史を刻んだ建物のなかで、手しごと、音楽、言葉、アートなど、異なるものづくりを手掛ける者たちが境界を超えて交錯する「舞台」にしよう。これこそが、来る11月1日〜11月3日にかけて開催される「Syn(シン)」のはじまりだ。
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Synは森山直太朗と大脇千加子が共同ディレクターとして立ち、「手しごと」と「音」が織りなす舞台だ。
モロッコの旅で蘇生した布が舞台装置やコスチュームとして用いられるなかで、森山直太朗、坂本美雨のライブを開催。また、京都文化博物館での開催の糸口をつくったPIANOPIAは、世紀を超えて修復した貴重な歴史的な鍵盤楽器を多数展示。それらの楽器を用い、ピアニストの平井真美子が館内のさまざまなエリアで空間伴奏を繰り広げる。さらにPIANOPIAによる修復の過程から発生したさまざまな楽器のパーツを素材に組み入れながら、大脇千加子やアーティストユニットのDAISY BALLOONが独創的なインスタレーションを手掛け、麻生要一郎は着物や帯の保有者だった姉妹の人生、風景、思い出を言葉に表していく。3日間を通じて、参加アーティストが舞台上に集まり、それぞれのものづくりの背景や語り、互いの思想を絡め合うトークセッションも開催される。
Synは、舞台といっても演劇のような具体的なスクリプト(台本)があるわけではない。来場者は趣のある館内を自由に巡りながら、突如巡り合う音楽や展示、そして参加アーティストたちの話に耳を傾ける。
「当日なにが起こるのか、自分たちでもまだ分かりません。でも、明確にカテゴライズできないことだからこそより好奇心が掻き立てられ、その向こうにどのような世界が広がっているのか探求したくなる。僕はこれまでにない面白いことが起こる予感がしています」
そう語る森山に、大脇も応える。
「『どうして何かを生み出し、継承していくのか』をみんなが共に考え、周囲の状況を見つめ、意識してみる。結論は求めずに、ただ状況を体感し、思いを巡らせることも、とても豊かで大切な時間だと思います」
タイトル「Syn」の語源になっているのは、特定の刺激がほかの感覚を引き起こす「共感覚」を示すギリシャ語の「Synethesia(シネシジア)」。舞台上に立つ者、ものづくりに携わるものに限らず、その状況に立ち会う観客も同じ目線で状況を見つめ、気づき、確実に何かを心に刻むきっかけとなるだろう。
会期:2025 年 11月1日(土)、2日(日)、3日(月・祝)
会場:京都文化博物館 別館ホール
京都府京都市中京区東片町623-1
https://t.livepocket.jp/t/syn01_2025
11月1日 Program A 6,800円、Program B 9,000円
11月2日 Program C 6,800円、Program D 9,000円
11月3日 Program E 6,800円
出演:
森山直太朗
大脇千加子 (WONDER FULL LIFE)
坂本美雨
平井真美子
麻生要一郎
DAISY BALLOON
ARTISAN PROJECT
PIANOPIA
@syn_theater_project
text: Hisashi Ikai