新天地で輝くバレエダンサー菅井円加が語る、過去とこれから。

Culture 2025.10.10

今夏、11年間在籍したハンブルク・バレエ団からボストン・バレエ団に電撃移籍を果たし、心機一転、新たなシーズンを迎える菅井円加。アメリカでの生活が始まったばかりの彼女に、バレエ人生の過去とこれからについて、そして来年1月3日にゲスト出演するウクライナ国立バレエ『ドン・キホーテ』東京公演への意気込みを語ってもらった。


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25年1月、ウクライナ国立バレエの『ジゼル』にゲスト出演した菅井(中央)。リアルな役への解釈で、可憐なだけでない人間味あふれるジゼルを表現。記憶に残る名演を印象付けた。photography: Hidemi Seto © KORANSHA

2012年、17歳の時に出場したローザンヌ国際バレエコンクールで、鮮烈な存在感を放って1位入賞を果たし、一躍時の人となった菅井円加。ジョン・ノイマイヤーが監督を務めるハンブルク・バレエ団のジュニアカンパニーであるナショナル・ユース・バレエを経て、14年にハンブルク・バレエ団に入団。19年からはプリンシパルとして目覚ましい活躍を続け、同団に欠かせない存在だっただけに、菅井の退団のニュースはバレエ界をおおいに驚かせた。

「ジョン(・ノイマイヤー)が引退するのをきっかけに、私も同じタイミングで冒険してみたいなという想いが湧き起こったんです。新しいディレクターに正直にお話したところ、『君とぜひ一緒に仕事をしたいから、1年だけチャンスを欲しい』と仰ってくださったので、もう1シーズンはハンブルク・バレエ団でやっていくことにしましたが、やはり新たな冒険に出たいという気持ちが揺らぐことはなく、離れることを決断しました」

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ハンブルク時代のレパートリーは、バレエ人生における宝物。

ハンブルク・バレエ団の至宝とも言えるノイマイヤー作品の数々で主演してきた菅井だが、特に思い入れのあるレパートリーについて振り返ってもらうと、『シルヴィア』と『椿姫』だと即答する。

「『シルヴィア』は、踊っていて心から楽しいと思える作品。何も考えなくともすぐシルヴィアというキャラクターに入り込むことができましたが、それくらい自分に近い役です。ジョンからも『円加にシルヴィアをやらせてよかった』という言葉をいただいたこともあって、自信に繋がったし、もっと自分を出していこうと思うきっかけになった大切なレパートリーです。

もうひとつは『椿姫』ですね。もともと大好きで、ずっと夢に描いていた作品でもあったので、マルグリットをやることが決まった時は、涙が出るくらい喜んで、夜も興奮で眠れないほどでした。だからこそいい踊りをもっとできるようになりたいという想いが強く、パートナーを組んだアレッサンドロ・フローラと一緒に、何時間も試行錯誤をして役を作り上げていった、とても思い入れのある作品です」

ノイマイヤーからは長年にわたって指導を受け、確固とした信頼関係を築き上げた。人間心理を深く探求するノイマイヤーからは、多くの気づきを得られたようだ。

「彼は人間らしさをとても大切にしている人。ストーリーに沿って、いろいろなキャラクターを演じるにしても、1日1日でその日の気持ちが違うように、キャラクターに対する想いもちょっとずつ変わったりするのですが、そういった感情の変化を大事にするようにアドバイスしてくれました。彼自身、作品に対する想いも少しずつ変化するみたいで、演出が急に変わることもありましたね。そうした経験から、リハでも本番でも、その時の気持ちに耳を傾けて、今日はどんな感じでやろうかなと考えたうえで踊ることを、いまでも大切にしています」

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『ジゼル』の第1幕のヴァリエーションでは、ポアントでパンシェという驚異のテクニックを披露し、観客を驚かせた。「リハーサルでも成功したことがなかったので、私自身もその瞬間、ちょっとびっくりしました」(菅井)photography: Hidemi Seto © KORANSHA

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先輩ダンサーが繋いでくれた、ボストン・バレエ団への移籍。

そうしてハンブルク・バレエ団を去ることを決意したものの、次の移籍先は定まっておらず、ランダムに情報収集することから始めたという。

「最初、アメリカは考えていなかったんです。ドイツに長年住んできたし、ヨーロッパの踊りのスタイルを学んできたこともあって、そのままヨーロッパでと思っていました。ところが、いろいろと話を聞いてくれていた先輩プリンシパルのシルヴィア(・アッツォーニ)がある日、『ボストンはどうなの? 私、ディレクターとすごく仲がいいから、連絡しておいてあげるよ』って繋いでくださったんです。それで(芸術監督の)ミッコ(・ニシネン)が、『じゃあオーディションにおいでよ』ってクラスに招いてくれました。ただその頃、ハンブルク・バレエ団のツアーや、カンパニー外のガラのお仕事があって、指定された日程にどうしても合わず、諦めかけていたところ、ミッコから『いつでもいいから、都合がいい時に来て』と連絡が来て。そこまで仰ってくれるならと、急遽有給を取ってボストンまで弾丸で行ってきました。クラスを1回受け、その場で契約してもらえたので、とてもラッキーでした。縁を繋げてくれたシルヴィアには本当に感謝しています」

そうした偶然の繋がりが、ボストン・バレエ団に導いてくれたと振り返る菅井の笑顔はとても晴れやかだ。こうしてアメリカでの新生活が始まり、いよいよ新シーズンを迎えるボストン・バレエ団での活躍が期待されるが、楽しみにしているレパートリーは何だろうか。

「いちばん楽しみにしているのは、バランシンの『ジュエルズ』。ずっと踊ってみたかった作品です。だから今シーズン、ボストンで予定されているのを聞いた時は、すごくうれしくて。踊りを習えるだけでも幸せです。ほかにも、ミッコの『くるみ割り人形』やジャン=クリストフ・マイヨー版『ロミオとジュリエット』も踊ったことがないので、待ち遠しいです。もう、全部が楽しみ!」

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ハンブルク・バレエ団で菅井と抜群のパートナーシップを見せていたアレクサンドル・トルーシュが、アルブレヒト役を務めた『ジゼル』より。トルーシュとは来年1月の『ドン・キホーテ』公演で再びコンビを組む。photography: Hidemi Seto © KORANSHA

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熱狂と感動を呼んだウクライナ国立バレエとの共演が、1月に再び。

今年1月、ウクライナ国立バレエの『ジゼル』東京公演にゲスト出演し、圧倒的な存在感を放って、観客を魅了した菅井は、再び2026年1月に同団の『ドン・キホーテ』に出演する。正統派で確かなテクニックを擁する、ウクライナ国立バレエとの一日限りの共演は、またしても語り継がれる名舞台になるに違いない。

「『ドン・キホーテ』は『ジゼル』とは全く異なるヴァイブの作品ですが、それをウクライナ国立バレエの皆さんと一緒にどう作り上げていくか、いまからとても楽しみです。パートナーのサーシャ(アレクサンドル・トルーシュ)と全然会えておらず、リハーサルはこれからですが、観に来てくださる方に喜んでいただける舞台にしたいです。そして、新年早々の『ドン・キホーテ』で、1年を楽しく始めてもらえたらと願っています」

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過去の『ドン・キホーテ』より、キトリのヴァリエーションを踊る菅井。日本人離れした強靭な身体能力とテクニックで、どんなに難しい振りでもしなやかに踊りこなす一方で、自然体の感情表現で物語に説得力を与える稀有なダンサーだ。photography: Hidemi Seto © KORANSHA

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心と身体を整える、菅井円加流のアールドゥヴィーヴルとは?

せっかくなので、日々の暮らしについても伺った。心と身体のメンテナンスのために、どんなリラックス方法を普段取り入れているのだろうか?

「お風呂が好きで、ドイツにいた時はどんなに疲れていても、ほぼ毎日お風呂に浸かるようにしていました。ただ、現在住んでいる部屋には浴槽がないので、何も気にせず身体を休められる場所を探さねばと思っています。温泉も好きなので、日本に帰った時に時間があれば、箱根に行ったりします。あと、映画やドラマが好きなので、NETFLIXでおもしろそうなKドラマを観ることもリフレッシュになっています」

日々の暮らしで大切にしていることは?

「自分のモチベーションを上げることです。言葉で言うと簡単ですけれど、実践すると難しく、いまでも苦戦しています。朝起きて、顔を洗って、仕事に行く準備をしてというルーティンを毎日こなしていると、だんだんモチベーションが下がってくるんですね。今日も同じかとか、すごく疲れてるとか、やりたくないとか、そういったネガティブな想いが出てきてしまう。そんな時に、自分の大好きな音楽を聴くことで気持ちが変わってくると気づいたんです。それこそ1月の『ドン・キホーテ』をすごく楽しみにしていることもあって、最近はドンキの全幕の曲を聴きながら仕事に向かうようにしているのですが、自然とモチベーションが上がってきます。そうやって、自分のモチベーションをどうやって上げるかをいつも考えながら行動して1日を始めるようにしています」

最後に、菅井に憧れてバレエを続けている日本の子どもたちに向けて、メッセージをいただいた。

「何より、バレエを心から楽しんでほしい。踊りは、自分が楽しくないと続かないし、好きじゃないと、周りにもすぐに伝わります。自分がなぜ踊っているかと考えると、やっぱり楽しいからというのが根底にあります。踊っている自分を好きになってほしいし、そういう自分を大切にしてほしいです」

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ウクライナ国立バレエ『ドン・キホーテ』全3幕
日程:2026年1月3日(土) 14時開演
場所:東京国際フォーラム ホールA
主演:菅井円加、アレクサンドル・トルーシュ、ウクライナ国立バレエ
演奏:ウクライナ国立歌劇場管弦楽団
料金:SS席21,000円、S席19,000円、A席16,000円、B席14,000円、C席11,000円、D席8,000円
問い合わせ先:
光藍社チケットセンター
050-3776-6181(12:00〜15:00 土、日、祝、12/29〜1/2休)
www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/

interview & text:Eri Arimoto

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