「雰囲気が一変した」ドナルド・トランプ政権が映画界にもたらしている対立とは?
Celebrity 2025.12.02

トランプ大統領がホワイトハウスに復帰して以来、映画スタジオの雰囲気は一変した。映画界が新たな経済的・思想的な課題に直面して揺れるなか、俳優たちも団結しつつある。

「いまや我々には強権ですべてを奪い取ろうとする王がいる。それはドナルド1世だ。ふざけるな!」。そう叫ぶのはロバート・デニーロだ。『レイジング・ブル』でアカデミー賞を受賞してから45年、名優はKOになるまで戦う覚悟で再びリングに上がった。ただしこれはもはや映画の中の話ではない。熱心な民主党支持者であるデニーロは第47代アメリカ合衆国大統領というヘビー級の相手に立ち向かっている。大統領を名指しで非難するデ・ニーロは、10月18日に全国で始動した「No Kings」運動に同胞たちの参加を呼びかけている。
それはICE(米国移民・関税執行局)による強硬な移民政策、大都市における州兵の増強、そして連邦政府各種プログラムの大幅な削減措置を告発する大衆運動に他ならない。言うなれば抵抗あるのみ。それにしてもハリウッドはもともと進歩的な場所であったはずだが、いまやトランプ大統領の政策や人格を公然と批判する大物スターはほとんどおらず、『ゴッドファーザー』の主役として知られ、ニューヨークのトライベッカ映画祭のディレクターであるデ・ニーロや、カリフォルニア州の共和党元知事アーノルド・シュワルツェネッガー、俳優ハリソン・フォードぐらいだ。
「2025年1月20日以来、セレブたちは明らかに慎重になった」と、24時間ニュースチャンネルの「Cnews」米西海岸支局長ラムジー・マルキは言う。「大統領はパラノイアなのか? いずれにせよ、"そうだな、どうしよう、様子見かな......"という声ばかりだ。誰もが何がどう突然決まるか、気を揉んでいる」トランプ政権が得意とする怒涛のような衝撃的発表と、即座に覆される方針転換の渦にとりあえず身を任せようということだ。
メディアでは、ジュリア・ロバーツからサラ・ジェシカ・パーカー、オプラ・ウィンフリーに至るまで、元民主党候補カマラ・ハリスを熱烈に支持していた人々が沈黙している。唯一、女優ジェニファー・ローレンスだけが沈黙の理由を説明している。「すでに国を焼き尽くしている火に油を注ぐつもりはない。私の政治的意見が気に入らないからといって、革新主義的メッセージの作品を観に行くなと国民に呼びかけることはできない」と言う。まさに的確な洞察だ。「どこもかしこも、これまで見たこともない呆然自失の状態で、大っぴらな抵抗には転じていない(これからか?)」と、カナル・プリュスのハリウッド担当記者ディディエ・アルーシュも言う。
コマを進めるトランプ
大統領による業界「掌握」の意思は明確に表明されている。その始まりは、シルヴェスター・スタローン、メル・ギブソン、ジョン・ヴォイトという長年の支持者3名をハリウッドの「特別大使」に任命した象徴的な動きだった。もっとも、トランプが「ハリウッド映画の衰退期」とみなす現在の状況を、これら往年のスターが変えていけるのかは疑問である。彼らの最初のミッションとして発表されたのは「アメリカ映画制作における外国の影響を制限すること」。だが海外市場で莫大な利益を上げる作品があることを考えればそれもどうなのだろうか。たとえばアニメ映画『インサイド・ヘッド2』の海外興業成績は10億ドル超。『ゴジラvsコング』も世界で6億ドル、国内は2億ドルだ。
さらに、海外作品に100%の関税を課すという案は、現状では実質的に不可能である。「国際共同制作は資金調達やロケ地における税控除を生み出し、ハリウッド経済に不可欠だ」とラムジー・マルキCnews米西海岸支局長は指摘する。『007』シリーズや『ミッション:インポッシブル』、『ホワイト・ロータス』のような作品だって例外ではない。「この仕組みをやめてしまうと業界は完全に麻痺する」と、ゴールデングローブ財団の理事会メンバーでもある彼は警告する。
AIは現実の脅威
産業がまた停止してしまうことこそ、すでにコロナ危機で打撃をこうむったハリウッドの経済モデルにとっての悪夢だ。2023年の大規模ストライキのほか、火災、生活費や撮影費の高騰と打撃が続いてきたロサンゼルスで、AIが現実の脅威になり始めている。すでに"最前線"、すなわちスタント、声優、VFX(視覚効果)クリエイターがAIに仕事を奪われつつある。この状況下、スタジオは2024年の興行収入がすでに40%落ち込んでいると発表した。プラットフォーム各社も制作量を絞っている。
切迫した状態の中でトランプ2.0政権はスタジオのトップ人事を承認した。これによって大統領の友人であり、オラクル共同創業者ラリー・エリソンの息子デヴィッド・エリソンがパラマウントの新トップとなり、傘下のテレビ局も率いることになった。これは今後数年、業界の方向性に影響を与える可能性がある。さらに大統領の側近ブレンダン・カーが米連邦通信委員会(FCC)のトップを務めており、大統領に批判的なメディアへの攻勢も仕掛けている。
最初に矛先が向かったのは夜のトーク番組の司会者たちだった。第4の権力とも言われる「笑い」を象徴する存在である。トランプはトーク番組での表現の自由をあまりに侮辱的だとみなした。最も辛辣な舌鋒で知られるスティーヴン・コルベアは、間もなく番組編成から外される予定だ。表向きの理由は「広告収入の減少」だが、彼は2025年時点で視聴率第2位を誇っている。同じく高視聴率を誇るジミー・キンメルは、9月にチャーリー・カーク暗殺へのトランプの反応を揶揄するジョークを放った直後、放送を停止された。1週間後、空前の視聴率で復帰したものの、検閲という"ダモクレスの剣"が頭の上でちらついていることは確かだ。
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分断された社会
いまの時代、映画はトランプ政権下のアメリカの分断をまざまざと映し出す。象徴的だったのは2025年にショーン・ベイカー監督作『ANORA アノーラ』がアカデミー賞の作品賞と監督賞を受賞したことだ。同作は2024年のカンヌ国際映画祭でパルムドールも受賞している。ロシア人富豪の息子と恋に落ちたストリッパーの物語は社会階層の問題を描く道徳的寓話として、アメリカン・ドリームを奪われた若者たちの荒涼とした日常と、不確かな未来を赤裸々に描いた。この作品を称えることで、ハリウッドは現実を無視できなくなったことを公式に認めたのだ。
「文化も規範も共有しない2つの集団、すなわちマイノリティと反動主義者のイデオロギー的断絶は、すでに数年前、第1期トランプ政権下での公開作品に表れている」と、映画史家でアメリカのポピュリズム研究者デヴィッド・ダ・シルヴァは分析する。そもそも "MAGA(Make America Great Again)"をその頃から支持していた、あるいはその後支持した層とはどんな人たちだろう。それはクリント・イーストウッドが『運び屋』や『リチャード・ジュエル』の作品で取り上げたような、搾取され、評価されずに埋もれていく労働者層であり、2010年以降のアメリカをむしばむオピオイド危機を告発する一連の作品に登場するような人々なのだ。
たとえば不発に終わった映画『チェリー』でトム・ホランドはイラク戦争帰還兵の過去をもつ看護助手の役を演じた。彼はPTSDから薬物と犯罪に落ちていく。『DOPESICK』(Disney+)ではマイケル・キートン演じる医者が、製薬会社の甘言に乗せられ、善意にもかかわらず薬中毒患者を作りだしてしまう。「ハリウッドは供給と需要の法則に適応する賢い産業だ」とデヴィッド・ダ・シルヴァは言う。「時代や支配的イデオロギーによって、反動的側面か進歩的側面のいずれかが強い作品が作られる。両者は常に共存するだろう。」
安穏としていられない
1970年代の反体制時代や、愛国主義と個人主義を称揚したレーガン時代を経て、トランプ2.0下のハリウッドは、危機に瀕したアメリカを分析することに忙しい。第一の兆候として、スーパーヒーローものは影を潜めた。主要な観客層だったヤングアダルトやティーン層はスマートフォンやゲームに熱中している。「パターン化された大作映画は飽きられている」とカナル・プリュスのディディエ・アルーシュ記者は指摘する。代わりに登場したヒーローは、"普通の人"。ブルーカラー層でお人好し、生き抜くために頑張る姿に誰もが共感する。
実話に基づくストーリーが特に人気が高い。Apple TV+の『ロスト・バス』(ポール・グリーングラス監督)では、運転手(マシュー・マコノヒー)と教師(アメリカ・フェレーラ)が、カリフォルニア州パラダイスの火災で8時間行方不明だったスクールバスを救う主人公を演じる。また、ベニー・サフディ監督の『The Smashing Machine』(2025年ヴェニス国際映画祭銀獅子賞)は、総合格闘技(MMA)というMAGAアメリカで絶大な人気を誇るスポーツの世界を舞台にしている。主人公の鎮痛剤中毒経験を持つチャンピオン、マーク・ケアーをドウェイン・ジョンソンが見事に演じた。シドニー・スウィーニー主演映画の『クリスティ』も2025年公開された。
ドラマシリーズ「ユーフォリア/EUPHORIA」でブレイクしたスウィーニーが本作で演じるのはボクシング王者クリスティ・マーティンだ。「炭鉱夫の娘」と呼ばれたクリスティは虐待的な夫から殺されかけ、あやうく生き延びた。「巨額の予算で興行的な成功を目指す超大作映画がそっぽをむかれるなかで、ミラー現象が起きている」とラムジー・マルキCnews米西海岸支局長は分析する。「アメリカのなかでも共和党色の強い地域を背景にした脚本への回帰現象が起きている。民主党が優勢な沿岸部地域ではない。共和党支持層の地域では購買力が低下し、人々は借金生活に陥っている。そこで好まれるのは自分たちと同じような立場の人間が逆境に立ち向かい、成功を勝ち取る物語だ。それが人生を前向きに捉えるきっかけとなる」
貧しく苦難に満ちた道を前向きに歩むヒーローたちは、プロデューサーの懐も痛めず、安心感も与えてくれる。現在、この種のインディペンデント映画の大半はA24やNeonといった小規模プロダクションによって制作されており、メディア・コングロマリットの方針に左右される大手映画スタジオよりも自由な発言が可能だ。しかしこの枠組みの中でも、社会派の監督たちは安穏としていられない。
台頭するイデオロギー
アリ・アスターの『エディントンへようこそ』、ポール・トーマス・アンダーソンの『ワン・バトル・アフター・アナザー』、そしてヨルゴス・ランティモスの『ブゴニア』。最後の作品は製薬グループのCEOをエマ・ストーンが演じ、陰謀論者に誘拐されるストーリーだ。これらの作品は西洋文明の衰退を暴力的な風刺で描きながらも社会に台頭するイデオロギーも綿密に研究している。経済政治危機が進行し、極端な思想が台頭する状況では、分断をあおるようなデマゴギーは避けたほうがいいからだ。
例えば、アリ・アスターの『エディントンへようこそ』は、コロナ禍をきっかけに崩壊していく小さな町を描いた風刺映画だ。住民たちは、反動的で陰謀論に染まった住民と、滑稽なまでに"ウォーキズム"に傾いた人道主義派に分かれ、対立が過激化していく。両者を突き放して描くアスター監督はあくまでも時代のシニカルな傍観者であり、監督の意図や信念は曖昧なままだ。非常にニヒリスティックな結論のみが提示される。同様に、ポール・トーマス・アンダーソンの『ワン・バトル・アフター・アナザー』は、誰にインタビューするかによって、反ファシスト主義の結集ともテロ賛美とも解釈された。それでこれは保守派の映画なのか、リベラル派なのか?
カナル・プリュスのディディエ・アルーシュ記者によれば「構図はずっと巧妙だ」そうだ。「この作品はそうした分断を超えたところにある、大きな家族主義を描いている。主人公(レオナルド・ディカプリオ)は元革命家。ネオナチズムの悪役ショーン・ペンに誘拐された混血の娘を救いたいという父性本能だけで隠れ家を出る。そして誰もがレオナルド・ディカプリオを愛している」。白人至上主義者の秘密結社が独裁政府を裏で操っているという、やや踏み込んだ設定は、「トランプ政権の後ろにシリコンバレーの面々が控えているというまさしく現実の状況を読み取ることができる。ピーター・ティールやイーロン・マスクはこのイデオロギーに動かされているのだ」とアメリカのポピュリズムを研究する映画史家のデヴィッド・ダ・シルヴァは示唆する。
同作は脚本も執筆した監督が恐れる未来を描いている。メッセージは明確だ。「ワン・バトル・アフター・アナザー」とは、自分と家族の自由のために日々戦うこと。分断を拒むことも戦う理由となる。「ルールを知ればそれをかいくぐることも容易になる。ところが、トランプ政権と現在のアメリカ社会は曖昧なまま突き進み、突発的な陣営の転換が起こる。今日、多くの映画人は誰にも偏らず、誰に対しても語り続けることで圧力に抵抗している」と、カナル・プリュスのディディエ・アルーシュ記者は指摘した。
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より明確なドラマシリーズ
このように、映画は現在、慎重な態度で制作されている。その一方でより直接的なメッセージを届けているのは大統領任期期間よりも制作サイクルが短いドラマシリーズ作品だ。2021年以来、『ホワイト・ロータス』では、階級闘争が描かれている。裕福なアメリカ人旅行者たちは物語の本当の主人公である従業員たちに対して傲慢な態度をとる。激しい風刺に満ちた作品だ。また「キャシアン・アンドー」(Disney+)では、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の前日譚としてジェダイではなく、ごく普通のアンチヒーロー(ディエゴ・ルナ)が帝国の独裁に地道な抵抗を続ける姿を描く。
ドラマシリーズを読み解くとさまざまなヒントが得られる。Netflixの政治スリラー「ゼロデイ」は、今回の大統領選キャンペーン中に制作された。主演のロバート・デ・ニーロは民主党の元大統領。市民のデータ監視権限と令状なしの拘束権限を持つ対テロ調査部門のトップに任命される。どんな陣営であれ、無制限の権力を持つ政権下では自由の後退が起こりうることをはっきりと警告した内容となっている。
大手メディアはいまやことごとく大手スタジオの傘下にあるが、そのご都合主義も「ザ・モーニングショー」(Apple TV+)で容赦なく描かれる。シーズン4では、アレックス(ジェニファー・アニストン)の架空のメディア企業が有能かつ超人気の男性主義的ポッドキャスターを採用する。そしてバイデン政権下で疎外されていたブラッドリー(リース・ウィザースプーン)が、MAGA色の強い州出身者として「非常に歓迎される帰還」を果たした。ほぼリアルタイムで現実がドラマ化されていくなかで、9月10日に起きた極右キリスト教思想家チャーリー・カーク暗殺事件は、被害者が「真実と自由の殉教者」として扱われたこともあり、新たな転換点となった。Apple TV+はドラマシリーズ『サヴァン』の配信を延期した。同作では主人公演じるジェシカ・チャステインが、オンラインの白人至上主義グループに潜入し、テロを阻止しようとする秘密工作員を演じている。物議を醸すテーマは新たな物語をもたらす。「1970年代以降、フィクションで被害者の位置にあったのはマイノリティだったが、今後変わるかもしれない」と映画史家のデヴィッド・ダ・シルヴァは予測する。
無節操な成功者
「普通のヒーロー」の復活と並行して、トランプ大統領のようなカリスマ性の強いアンチヒーローの登場も今後予測できるかも知れない。トランプ大統領自体、トランプ劇場と評されて大いに批判も賞賛も浴びてきた。無敵で非の打ちどころのないキャラクターなんてつまらないと大衆がそっぽを向くなかで、どんな状況にも適応するアンチヒーローへの期待が高まっている。何かいったい儲かるのか、業界では模索中だ。アリ・アバシ監督の『アプレンティス』はいち早く、魅力的だが無慈悲な若き実業家トランプの姿を描いてみせた。
一方、ティモシー・シャラメはジョシュ・サフディ監督の『マーティ・シュプリーム』で主人公を演じる。靴屋で働く青年が、卓球チャンピオンになるためあらゆる手立てを尽くすストーリー。「シャラメはすでにアカデミー賞候補だが、この作品では見事に憎々しい人物を演じている」とカナル・プリュスのディディエ・アルーシュ記者は語る。「アメリカがニクソン大統領時代のように右傾化すればするほど、映画はよりニュアンスに富み、興味深いものになる。『マーティ・シュプリーム』のようなキャラクターが増えることこそ、トランプ2.0時代がハリウッドにもたらし得る最大の恩恵だ。野心満々の魅力的な主人公は道徳も信念もなく、蔑まれながらも予想外に成功する。彼のように。」映画においてアメリカン・ドリームは永遠のテーマ。しかしながらそこには曖昧な問いが存在する。成功するとして、その代償はいったい何か? 娯楽産業はいままさに、その問いに答えなければならない。
From madameFIGARO.fr
text: Christelle Laffin (madame.lefigaro.fr)






