【未公開映像が発見】ダイアナ妃、悲劇の数ヶ月前に平和活動について語っていた非公開の動画が話題に。
Celebrity 2026.04.06

これまで非公開だった1997年にアフリカ訪問中に撮影されたダイアナ妃の映像を、4月2日、イギリスのITVニュースが公開した。
これは1997年1月、アンゴラで撮影された映像で、ダイアナ妃とその恋人ドディ・アルファイドの命を奪ったパリの悲劇的な事故の約8か月前にあたる。当時、ダイアナ妃は対人地雷廃絶を訴えるキャンペーンの一環としてアフリカを訪れていた。彼女のこの訪問は、対人地雷の使用をめぐる国際的な議論が白熱している最中に行われたもので、特に大衆紙やイギリスの保守党政権から強い批判を浴びた。彼らは、彼女がトニー・ブレア元首相率いる労働党の立場に近い姿勢を取っていると非難していた。
『デイリー・メール』の報道によると、4月2日にITVニュースで放送された番組「レポーティング・ヒストリー」のエピソードからの35秒の映像の中で、ダイアナ妃はこの問題をめぐる論争に真正面から向き合っている。映像では、彼女が室内で記者のインタビューに応じており、周囲ではスタッフがいくつか指示をささやく声も聞こえる。すでにITVニュースの記者であったスティーブ・スコットが「政治的な役割についてお話いただけますか?」と質問すると、彼女は落ち着いた笑みを浮かべながら「それが一番重要な質問だと思っていました」と答える。しかし、ダイアナ妃のチームはこの話題に慎重な姿勢を見せ、「いいえ、政治の話題には触れないで」といった声も聞こえる。それでもダイアナ妃は譲らず、その質問に答えたいという意思を示した。インタビューの中で彼女は、この政治的な論争は本質的な問題から注意を逸らすものにすぎないと強調し、「私は政治家ではなく、人道主義者です。これまでもそうでしたし、これからもそうあり続けます」と語った。この短いやり取りからは、彼女のおそれを知らないまっすぐさと、揺るがない信念がはっきりと伝わってくる。
この訪問中、ダイアナ妃はまた、ヘイロー・トラスト(紛争後に残された地雷やその他の爆発物の除去を主に行う人道的な非政府組織)によって安全が確保された地雷原にも足を運び、これらの兵器によって身体を損なわれた被害者たちの現状に世間の関心を向けようとした。これらの映像は世界中で広く報じられ、国際的な動きを加速させる一因となり、最終的には1997年のオタワ条約(対人地雷全面禁止条約)の署名へとつながった。
その後、ジャーナリストのスティーブ・スコットは、番組「レポーティング・ヒストリー」の司会者であるトム・ブラッドビーに対し、かつてダイアナ妃と同じ飛行機に乗り合わせたことがあり、その際に彼女のプライベートな優先事項について語り合ったと明かしている。その活動への強い献身にもかかわらず、ダイアナ妃は、息子のウィリアム王子とハリー王子こそが常に最優先であると語っていた。「このキャンペーンは当時の彼女にとって非常に重要であり、今後も取り組み続けていくつもりだとしながらも、彼女は自分にとっての優先事項は息子たちであり、これからも彼らの世話を続けていくこと、そして将来はそこに最も多くのエネルギーを注いでいくつもりだと語っていた」とスコットは振り返る。彼女の死から数か月後、スティーブ・スコットはこのやり取りを感慨深く思い返し、ふたりの少年が突然母親を失ったことを改めて強調した。
from madameFIGARO.fr
text: Emma Martin (madame.lefigaro.fr) translation: Hanae Yamaguchi




