フィガロが選ぶ、今月の5冊 注目の新人作家デビュー作を、松田青子の翻訳で。

Culture 2017.12.02

ふと見上げた夜空に、孤独という星がまたたく。

『AM/PM』

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アメリア・グレイ著 松田青子訳 河出書房新社刊 ¥1,728

 数年前、シカゴのインディーズ出版社から出ている小さなサイズの白い洋書を買った。アメリア・グレイという新人作家の作品だという。本には120の掌編が収録されていて、それぞれの作品に午前と午後の表記が「AM:1」「2:PM」というように交互にふられ、ナンバーがつけられていた。読み始めてすぐに、ひとつひとつの掌編がゆるくつながり合っていることに気がついて、私はノートにメモを取り始めた。「AM:17」でベルベットの内張がされた小さな箱に閉じ込められ、その後も出られ ないでいるテレンスとチャールズは「AM:1」に出てくるプールの監視員のテレンスと、「2:PM」の主人公で、買い出しの習慣に効率性の美学を感じているチャールズとどうやら同じ人物らしい。「6:PM」と「AM:11」で会話しているヘイゼルとテスはその後、別々の物語の主人公として登場するが、「12:PM」で現れ、男性に恋をしては別れるという物語を繰り返すカーラが実はヘイゼルの母親であったことが「108:PM」で明らかになる。
 かといって、これは複雑に絡み合うようなストーリーではないし、午前と午後の振り分けられ方に法則性がある訳でもない。夜空にまたたくそれぞれの孤独がふとした瞬間に星座となって浮かび上がってくる、そんな関係性で各掌編はつながっている。その点と点を結ぶのは、不思議な身体感覚や上手くいかないコミュニケーション、この世界に対する違和感といったものだ。そんな風にささやかだけど無視できないことが、ユーモアを持って語られている。
 今回、松田青子の翻訳で久しぶりに読んで、何にもないと思っていた夜空にもう一度星を見つけたような気持ちになった。不完全で、ささやかだけど、確かに存在している小さな宇宙。そこに散らばる星のひとつひとつは、きっとこの小説に出てくる「愛のシンボル」なのだ。

文/山崎まどか コラムニスト

著書に『「自分」整理術』(講談社刊)、『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社刊)、『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS刊)など。訳書にレナ・ダナム著『ありがちな女じゃない』(河出書房新社刊)。

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*「フィガロジャポン」2017年12月号より抜粋

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