「幸福」という名の歌姫/シングルマザーの物語。

Culture 2017.12.27

アフリカの音や森や闇と繋がる歌姫、その突き上げる生命力。

『わたしは、幸福』

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赤道直下キンシャサのバーで歌う歌手&シングルマザーの物語。大地と人と音楽に灼熱と聖性が溶ける。ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員大賞)受賞。

 幸子という名の女はどうも幸薄い感じがする。名前はいちばん短い呪縛だ。おそらく全ての人間の始まりは文字をもたない、日本も昔はそうだ。アイヌのような文字をもたない民族はたいがい、統治され侵食され、人知れず滅んでしまう。
 一度死んで生き返った女の子はフェリシテ(幸福)という名をつけられた、また死なないようにと。大人になり歌姫となったフェリシテは歌う。「白人は賢い、記述して記録するのは白人の得意技」と酒場という裸電球のジャングルに、やさぐれた歌姫は降臨する。カサイ・オールスターズが奏でるトランスに入りそうな音楽、アフリカの音の洪水、突き上げる生命力をしたがえて。
 ついていない歌姫、フェリシテは今日も機嫌が悪い。壊れた冷蔵庫、生活費の心配、息子の危機的状況にすら、元夫は金を出してくれない。悪徳経営者から未払い金をしたたかに取り立て、捨て身でお金をかき集める。ちあきなおみの「喝采」ではないが、フェリシテはそれでも歌う、まるでなにがあっても歌うことしかできない呪いをかけられているみたいに。さまざま理不尽な、不条理なもの事はまるで神話のように、叙情詩みたいに容赦なく流れていく。人生はまるで意味不明な奇妙な物語であり、個人の人生の盛衰や喜怒哀楽とは関係なく、街は動いていく、世界はまわる。良いことと悪いことは、暗闇の中に溶け込む黒い肌のように見分けにくい。
 辻占いのように聞こえる男の言葉、「神様に必要なのは魂だけ、肉体はいらない」。 人間らしい生活とは、幸せとは ? 私たちは森や闇と未だ繋がっているのだろうか。

文/ミヤケマイ 美術家

美術館や画廊に限らず書籍の挿画、小説、骨董、現代アート、工芸など縦横無尽に制作。最新刊に4冊目の画集『蝙蝠』。
『わたしは、幸福』
監督・脚本/アラン・ゴミス
出演/ヴェロ・ツァンダ・ベヤ、パピ・ムパカ
2017年、フランス・セネガル・ベルギー・ ドイツ・レバノン映画 129分
配給/ムヴィオラ
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて順次公開中
www.moviola.jp/felicite

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*「フィガロジャポン」2018年1月号より抜粋

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