フィガロが選ぶ、今月の5冊 無限の時の流れを綴った、朝吹真理子7年ぶりの長編。
Culture 2018.10.08
言葉の旋律の中に、普遍的な時の流れが潜んでいる。
『TIMELESS』
朝吹真理子著 新潮社刊 ¥1,620
『TIMELESS』は、芥川賞を受賞した『きことわ』以来、朝吹真理子の実に7年ぶりの長編。小説の中で、幾たびか雨が降る。それは、うみとアミ、異なる他者の間に横たわる境界線をあいまいに溶かしていく雨であり、降りかかる雨の様子、その音、リズムまでが、言葉の表現のみならず、一文一文の長さ、漢字一文字の象形的な意味といった細部にいたるまで、視覚的にもさまざまに訴えかけてくる。
「全文、声に出しながら書いているんです。文字のすがたからも音は聴こえてくると思うんですけど、漢字で書くのか、ひらがなで書くのか、カタカナにするのか、視覚上の音、響きみたいなものがあると思うので」と、朝吹真理子は言う。
香りもまたこの小説の重要なモチーフになっていて、巡り巡る大きな時の流れを可視化してみせる。うみとアミは、恋愛感情も性関係もないまま、結婚をする。束の間、寄り添い「交配」をして、また離れていくふたりの関係が、植物が次の世代に命を受け継ぐような普遍的な営みとして描かれている。恋愛不能に陥った人類のための近未来小説という感じもして、植物のレントゲン写真を使った装丁は、いかにもピッタリだ。
『TIMELESS』は、ページをめくると、見返しのタイトルのところには著者名が入らないようになっている。「私は、自分が書いている小説はすでにあるものへの応答だと思っているんです。最初に『流跡』を書いた時も、本当は著者名もタイトルもない形で本を出したかった」
作家のそんな気持ちを、編集者が反映して美しい装丁に仕上げたのだという。
命と命が寄り添うことに名前は要らない。自我から解き放たれると、こんなにも世界は官能的なのか。まさにTIMELESSで、無限の時の流れ、その美しい循環を描いたスケールの大きな小説だ。
インタビュー、書評を中心に執筆。西原理恵子著『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』(KADOKAWA刊)、かこさとし著『未来のだるまちゃんへ』(文藝春秋刊)など構成も多数手がける。
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*「フィガロジャポン」2018年10月号より抜粋