不快感と違和感が、日常から解放してくれる短編集。

Culture 2019.05.16

痛みと不安を突き抜けていく、日常からの脱出口の見つけ方。

『父と私の桜尾通り商店街』

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今村夏子著 KADOKAWA刊 ¥1,512

読んでいるこちらの息がうまくできなくなるような、鈍い痛みをのっけからつきつける。今村夏子の最新作は、めちゃくちゃにおもしろく、そして読者に日常からの解放をもたらしてくれる短編集だ。

いずれの作品も、身体を直接切りつけてくるような不快感、もしくは着心地の悪い服にうっかり袖を通してしまったような違和感が緻密に描かれる。しかし、ヒロインがストレスを堪えた先に、希望や慰めを見出す展開はない。登場人物たちは、同じ痛みを持つもの、もしくは分かち合えそうな同性の仲間を見つけ出し、その手を時として強引にひっつかんで、思いがけない世界へと疾走していくのである。その先に待ち受けるのが、幻想的で優しい景色ではなく、現実的空間の広がりであることも、衝撃だった。

それが顕著に表れるのが、学童の先生の片想いを少女の視点から描いた「モグラハウスの扉」。心優しく不器用な、といってはやや語弊がある、エネルギーと行動力にあふれた先生の恋の行き着く先は、まったくもって切なくないし、儚いものでもない。「せとのママの誕生日」では、雇用主のママから阿鼻叫喚の虐待を受けた元ホステスたちの、一風変わった再会の時間が描かれる。店の繁栄のために奪われた身体のパーツをひとつひとつ取り返して、捧げていく行為は、過去の慰撫というより、復活への壮大な儀式のように感じられる。閉店が決まった売れないパン屋を舞台にした表題作は、次第に命を失っていく父と、めきめきと再生していく娘との対比が鮮やかだ。ユーモラスな語り口や設定に夢中になっているうちに、抑圧の中で燃えている命の輝きに、魅入られてしまう。

同志も出口も、目を凝らせば、日常のいたるところに潜んでいるのかもしれないと教えてくれる一冊だ。

文/柚木麻子 小説家

1981年生まれ。2015年『ナイルパーチの女子会』(文藝春秋刊)で山本周五郎賞受賞。近著に『デートクレンジング』(祥伝社刊)、『マジカルグランマ』(朝日新聞出版刊)。

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*「フィガロジャポン」2019年6月号より抜粋

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