至福のショットが満載! いま劇場で観るべき映画。

Culture 2019.07.11

奥行きがあり五感に訴える至福の画面が、悲恋を紡ぐ。

『COLD WAR あの歌、2つの心』

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ポーランドの郷土の民族音楽、パリの夜に息づくジャズ。歌とピアノが、冷戦下の旅人や亡命者の、叶わぬ恋の炎をあおり立てる。ここから彼方へと。

 

モノクロ、スタンダードサイズ、冷戦下のポーランドの悲恋物語と聞けば、眠気を誘うような難解な映画を想像するかもしれない。でもストーリーは実にシンプル、別れと再会を繰り返す男女の15年間を追ったもの。なおかつそれがなんと88分という尺に収まっているのだから驚きだ。無駄なものを極限まで削ぎ落とした構成は、冗長なショットで満たされた芸術映画とは明らかに一線を画する。理屈や理由づけに追われる現代の作劇にどっぷり浸かってしまっている自分には、“ああ、映画って五感で体験するものだったんだ” と改めて気づかされた思いだ。この衝撃はウォン・カーウァイの『花様年華』をはじめて観た時とよく似ている。

今春のアカデミー賞撮影賞にもノミネートされたカメラマンのウカシュは、実はポーランド映画学校時代の友人で、自作の撮影現場にも何度も応援に駆けつけてくれた。でもそんな贔屓目は一切関係なく、彼が築き上げた至福のショットの数々は、間違いなく世界トップレベルに達している。オープニングショットの民族音楽奏者を捉えた、スタンダードサイズの特性を活かした見事な導入。鏡に映る群衆の中の主人公を捉えた、3D映像かと思うほどの奥行きを感じさせるコンポジション。それらは映画技術が急速に発展するにつれて忘れられた “真に映画的な力” を宿している。『万引き家族』や『ROMA』で話題になった今年のアカデミー賞(外国語映画賞)だったが、映画が本来持つマジックを強く信じたもうひとつの名作『COLD WAR』が受賞していてもおかしくなかったと思う。なにがなんでもいま劇場で観るべき一作だ。

文/石川 慶 映画監督

ポーランドの名門、国立ウッチ映画大学に留学後、世界映画のフィールドで活躍。2017年、『愚行録』で長編映画デビュー。今秋10月4日に、恩田陸原作『蜜蜂と遠雷』の公開が控える。
『COLD WAR あの歌、2つの心』
監督・共同脚本/パヴェウ・パヴリコフスキ
出演/ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コットほか
2018年、ポーランド・イギリス・フランス映画 88分
配給/キノフィルムズ
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中
https://coldwar-movie.jp

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*「フィガロジャポン」2019年8月号より抜粋

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