ハンガリーの巨匠による伝説の作品が、25年ぶりに蘇る。

Culture 2019.09.26

"悪魔"に踊らされる大人を、 外から見入る少女の深い瞳。

『サタンタンゴ』

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雨降りしきる夢路を歩む。行く先は始原か、終末か。タル・ベーラいわく「小さなウサギのようで美しい目」の少女は、荒んだ世界への絶対の反抗児のよう。

6年前に観た映画を思い出してみる。2012年にタル・ベーラが創立した映画学校film.factoryで彼に師事していた私は、サラエボで『サタンタンゴ』を体験した。映画を観た、というより、映画の悪魔的な時間の中にたゆたううちに、体ごと絡めとられていた。この伝説的な作品は7時間を超えるが、150カットほどで構成されている。舞台は社会主義時代末期のハンガリー。解散することになった集団農場労働者たちは、姿を消して死んだと噂されたイリミアーシュの帰還を知り、カリスマ的な魅力をもつ彼の言葉に踊らされ、翻弄される。そんな村人たちに疎外される少女。物語は複数の視点で時間軸を行き来する前半6章と、イリミアーシュ帰還後の後半6章からなる。終わりと始まりが同じ地点という円環構造を成す。

私の記憶に最も強く残っているのは、終わることのないステップを踏む大人たちを、酒場の窓の外から見つめる少女エシュティケ(ボーク・エリカ)のもつ瞳の深さである。人間とは何か、世界とは何か、映画とは何か。エシュティケの瞳は根源的な問いを立てる。狂ったように酒場で踊る大人たちは窓の外にいる少女の視線に気づかない。彼らは悪魔のステップを止められない。夜明けの道を少女が硬くなった猫を抱いてひたすら歩くショットが、私の心にずっと留まっている。大人たちは被支配者としてステップを繰り返すが、繰り返される支配・被支配の構造から少女は逃れることができたのだろうか。

上映の翌日、ベーラによる全カット講義があった。ワンショットずつ書かれたメモを黒板に貼り、解説してくれた。講義を含め、唯一無二の映画体験となった。

文/小田 香 映画監督

サラエボの映画学校でタル・ベーラに師事。2015年、交響詩的ドキュメンタリー『鉱 ARAGANE』が国内外で評価される。メキシコの海中洞窟を描く新作『セノーテ』が来年劇場公開予定。
『サタンタンゴ』
監督・共同脚本/タル・ベーラ 
出演/ヴィーグ・ミハーイ、ホルヴァート・プチほか
1994年、ハンガリー・ドイツ・スイス映画 498分
配給/ビターズ・エンド
9月13日より、シアター・イメージフォーラムほか全国にて公開
www.bitters.co.jp/satantango

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*「フィガロジャポン」2019年10月号より抜粋

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