世界に「再発見」された女性作家の輝きに満ちた作品集。

Culture 2019.10.23

再発見された女性作家の、厳しくもまばゆい人生の断片。

『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』

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ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳 講談社刊 ¥2,376

2004年に亡くなった作家のルシア・ベルリンは生前“知る人ぞ知る”作家だった。彼女に注目が集まったのは死後10年以上経って、本書の底本となる作品集が出てからである。その力強く鮮烈なボイスに心打たれた新たな読者を獲得して、彼女の名前はアメリカの文学史に大きく浮上しつつある。

ベルリンは自分の人生から物語を切り出す天才だったが、その生涯は波乱に満ちている。鉱山技師だった父と離れて、テキサスにある母の実家に妹と身を寄せていた少女時代。父が成功して南米で贅沢な暮らしをしていた思春期。結婚と離婚を繰り返し、アメリカ各地やメキシコに暮らした時期。4人の子どもを抱えて、掃除婦や看護師などの仕事に従事していた頃。それと重なるように、アルコールに溺れ、依存症に苦しんだ日々のこと。病に倒れた妹に付き添い、いままでの人生を振り返る中年期。ひとりの女性がこれほどまでに多彩なストーリーを生きることは稀だろう。彼女がひとつの社会的な階級や地域に安住することはない。寄る辺ない女性であるルシア・ベルリン自身を主人公とする物語はときに過酷で、孤独だが、不思議なユーモアと大らかな生命力にあふれている。読んでいると、まるで自分が彼女の人生を生きているような感覚を覚える。恋人を亡くし、車もなく、掃除婦としての仕事に向かうために彼女がバスに揺られていく表題作には、ルシア・ベルリンの個性が集約されている。壮絶な家族の真実や貧しい暮らし、依存症との戦い、きらめくような愛の瞬間とその次に待っている幻滅。そこには悲劇があり、コメディがあるが、それらのすべては、サンフランシスコの街を回遊するバスの外の風景のように、結局は通り過ぎていってしまう。それでも、一瞬の感情もおろそかにしないルシア・ベルリンの目で見る人生はダイヤモンドの輝きを放ち、読む人の胸をパワーで満たす。

文/山崎まどか コラムニスト

著書に『オリーブ少女ライフ』、訳書にレナ・ダナム著『ありがちな女じゃない』(ともに河出書房新社刊)など。最新刊は、『優雅な読書が最高の復讐である 山崎まどか書評エッセイ集』(DU BOOKS刊)

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*「フィガロジャポン」2019年11月号より抜粋

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