カルチャーベスト2019 MOVIES #02 たまらなく切なくなる、2019年の映画ベスト3。

Culture 2019.12.23

年末年始は心も身体もゆっくり休めながら、新しい年を迎えるためにエネルギーを蓄える時期。自宅で過ごす人も、帰省する人も、家族やパートナー、友人とヴァカンスに出かける人も、いつもより時間をかけて映画や音楽、本にじっくり浸ってみては? それぞれのジャンルのプロが、2019年に最も心に響いた名作を厳選。胸が締め付けられるほど切なくなる名作を、映画ジャーナリストたちがセレクト。

若き監督が遺作に閉じ込めた、永遠に色褪せない瞬間。

『象は静かに座っている』

選・文:久保玲子(映画ジャーナリスト)

いまや中国はアジアの超大国となったが、多くの人々が急速な価値観の変化についてゆけず、孤独に震え途方に暮れている。唯一の心の拠り所やプライドを奪い去られた八方塞がりの老若男女4人は、座り続ける象がいるという国境の町に思いを馳せる。

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炭鉱業が廃れた中国の小さな田舎町から、わずかな希望を抱いて歩き出す4人の、ある一日の物語。

曇天の空の下、ここではないどこかを求める彼らの一日を克明に追い続ける長回しのカメラが、掻き毟られ、血を流す心の叫びまですくい取ってゆく3時間54分。暗闇を灯すヘッドライトの先に浮かび上がる小さな幸せ、儚い希望。涙が止まらなかった奇跡の瞬間を生み出すために検閲と戦い、この世を去った新鋭監督フー・ボーは享年29歳だった。台湾映画という言葉を耳にするたびに『牯嶺街少年殺人事件』のチャン・チェンの姿が眼に浮かぶように、これからは21世紀の中国映画と聞くたびに、4人の貌、とりわけうつむいたワン・ユーウェン扮するファン・リンの美しい輪郭が脳裏に甦ってくるだろう。

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家に居場所がなく、教師と関係を持つことで拠り所を見つける少女ファン・リン(ワン・ユーウェン・左)、彼女の友達で不良の同級生を誤って階段から突き落としてしまった少年ウェイ・ブー(ポン・ユーチャン・右)。

『象は静かに座っている』
長編デビュー作にして、本作完成後に29歳の若さで自ら命を絶ったフー・ボー監督の遺作であるこの作品は、ベルリン国際映画祭でのプレミア上映直後から絶賛を浴びた。中国の田舎町で鬱屈した日々を送る4人の男女が、2,300km離れた動物園にいるという、一日中ただ座り続けている象を見るために旅立つ姿を描く。
●監督・脚本・編集/フー・ボー
●出演/チャン・ユー、ポン・ユーチャン、ワン・ユーウェン、リー・ツォンシー
●2018年、中国映画
●234分
●配給/ビターズ・エンド
全国順次公開中

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悲劇の中にいても生き生きと輝く、子どもの生命力。

『アマンダと僕』

選・文:立田敦子(映画ジャーナリスト)

いちばん大切な人を亡くしてしまった時、人はどんなふうに壊れてしまうのだろうか。『アマンダと僕』は、母というかけがえのない存在を失くした少女と、仲のよかった姉という存在を失くした青年の物語だ。絶望と混乱の中、途方に暮れる様子は痛々しく、感情をゆさぶられる。だが、いっぽうで生命力の塊ともいえる子どもが、束の間、悲劇を忘れたかのように生き生きといまを楽しむ姿に感動する。ともに手を取り合う人がいれば、なんとか人生を前に進める。

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ダヴィッド(ヴァンサン・ラコスト・左)はアマンダ(イゾール・ミュルトリエ・右)の親代わりをつとめようとするが、責任の重さを感じて、どう接したらよいか戸惑う。

この作品は、人の最も辛い時期を見つめているにもかかわらず、その温かい眼差しによって、人間の生命力や生きることの素晴らしさを讃える、人生讃歌となっている。アマンダの満面の笑顔、顔をくしゃくしゃにした泣き顔が、忘れられない。

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ミカエル・アース監督に見いだされ、本作でスクリーンデビューしたイゾール・ミュルトリエの豊かな表情に惹きつけられる

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『アマンダと僕』

パリで便利屋として働く青年ダヴィッドは、パリにやって来た美女レナと恋に落ち、幸せな日々を送っていた。しかし突然の悲劇で大切な姉が亡くなり、ひとり遺された姪アマンダを引き取ることに……。人気女優ステイシー・マーティンが恋人レナ役で出演。

●監督・共同脚本/ミカエル・アース
●出演/ヴァンサン・ラコスト、イゾール・ミュルトリエ、ステイシー・マーティンほか
●2018年、フランス映画
●本編107分
●DVD¥4,180、Blu-ray¥5,170
発売・販売:ポニーキャニオン
© 2018 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA

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世代を超えて女心に響く、不器用で一途な恋。

『愛がなんだ』

選・文:金原由佳(映画ジャーナリスト)

岸井ゆきのという女優を最初に発見したのはKANA-BOONの「ないものねだり」のPVだった。お互いに相手の足りない部分をあげつらう言葉が男側、女側で行き来する内容で、永遠に充足できないすれ違いの象徴が彼女だった。『愛がなんだ』の彼女はテルコという大好きなマモちゃんことマモルのためなら、何だってやる女の子を演じている。でもマモちゃんはベッドの中で優しく抱きしめたり、体調が悪くて弱っている時にうどんを作ってくれるけど、正式な彼氏には絶対になってくれない。恋愛の依存とか、ストーカー気質とかいろいろ言われる題材だけど、自分の周囲では子育て卒業を控える母親たちの必須映画として大人気だった。

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OLのテルコを演じる岸井ゆきの(左)と、テルコがひと目ぼれするマモルを演じる成田凌(右)。

世界中のどんな人間よりも、「君と私」で充足して、ほとんど人格が一緒なくらい密着した日々を過ごしながらも、愛情を注いだ相手はやがてこちらを見向きもせず、違う誰かばかりを見つめていく。今泉力哉監督は岸井ゆきのの横顔のクローズアップを何度も繰り返し見せ、干渉が過ぎるマモちゃんへの過剰な母性愛を警告する。その愛は自分に注げと。

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仕事よりも友人よりもマモちゃんが最優先のテルコだったが……。

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『愛がなんだ』

角田光代による同名小説を“恋愛映画の旗手”今泉力哉監督が映画化。不毛な恋にまい進するテルコ、テルコが愛してやまないマモルをはじめ、不器用な登場人物たちにハマる人が続出しロングランを達成した話題作。

●監督・共同脚本/今泉力哉
●出演/岸井ゆきの、成田凌ほか
●2019年、日本映画
●本編123分
●DVD¥4,180、Blu-ray¥6,380
発売・販売:バンダイナムコアーツ
© 2019映画「愛がなんだ」製作委員会

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