カルチャーベスト2019 BOOKS #01 言葉のプロが選ぶ、2019年に勇気をもらえた3冊の本。

Culture 2019.12.25

年末年始は心も身体もゆっくり休めながら、新しい年を迎えるためにエネルギーを蓄える時期。自宅で過ごす人も、帰省する人も、家族やパートナー、友人とヴァカンスに出かける人も、いつもより時間をかけて映画や音楽、本にじっくり浸ってみては? それぞれのジャンルのプロが、2019年に最も心に響いた名作を厳選。今年も数々の生きた言葉に触れてきた文筆家3人にとって、最も勇気をもらえた本とは?

どん底の状況で出合う、愛おしいこと。

『銀河の果ての落とし穴』エトガル・ケレット

選・文:瀧 晴巳(フリーライター)

この世で起こる最悪の事態は、たいてい紋切り型の絶望とワンセットでやってくる。まんまと打ちひしがれそうになるけど、エトガル・ケレットは「いやいや、どん底と決めつけるのはどうでしょう」とばかりに、めちゃくちゃ斜め上からへんてこな解決案をぶつけてくる。

191200_culture2019_book_01_01.jpg

ウサギを父親だと信じる子ども、ゲームのレアキャラ獲得のため戦地に赴く若者、ヒトラーのクローン……イスラエルを代表する作家であり映像作家のエトガル・ケレットが贈る、笑いと悲劇が紙一重の最新短編集。エトガル・ケレット著 広岡杏子訳 河出書房新社刊 ¥2,640

不妊治療で行き詰った夫婦が引き取った犬にはとんでもない噛み癖があって、被害者続出で引っ越しを繰り返すんだけど、これが案外悪いことばかりじゃなかったり、無職の男が母親とパンケーキで50歳のお誕生日を祝うなんて「それってどうよ?」な一日がなんだかいいものに思えてきたり。イスラエルに生まれて、戦争と隣り合わせの日常を生きてきたこの作家のユーモアは、シュールなコントみたいに悲劇を喜劇に変えてしまう。落とし穴に落っこちたけど、見上げたら星がきれいだったみたいな。いや、まあ、落とし穴にいることはいるんですけどね、最悪の事態の中にも愛おしいことはちゃんとある。

---fadeinpager---

恐怖の淵から再生する、人間のすごさ。

『波』ソナーリ・デラニヤガラ

選・文:大竹昭子(作家)

自然災害は防止することも回避することも不可能だけれど、それにしても著者の体験はむごすぎる。同世代の女性が望むすべてを手にしているような幸福の絶頂期から、夫、幼い息子ふたり、両親を一気に津波にさらわれ、自分だけが助かるのだ。ページをめくる手が冷たくなるような恐ろしさ。でもこの本が書かれたということは、彼女はそこから這い上がったわけで、どのようにその回復がなされたかと興味を覚えずにいられない。

191200_culture2019_book_01_02new.jpg

2004年のクリスマスの翌日、スリランカの南岸に滞在中の一家を巨大な津波が襲った。家族を奪われ、絶望の淵に立たされ、家族との幸せな記憶に苛まれながらも再生していく女性の回想録。ソナーリ・デラニヤガラ著 佐藤澄子訳 新潮社刊 ¥2,200

最初の頃、何よりも恐ろしかったのは、幸福だった生活の記憶がよみがえってくることだったという。子どもの姿がまぶたに浮かび上がるたびにパニックになる。過去の記憶にすがるのではなく、それを消すことで生きのびようとする生命の切実さ。狂う寸前までいくが、狂えない。狂うために必要なエネルギーすらもない無感覚状態なのだ。
この恐怖のどん底状態から少しずつリカバーしていく道のりを読みながら、つくづく人間は神秘的な存在だと感じた。著者が「すごい」のではなく、危機に際して人が見せる底力が「すごい」のだ。そう実感させるところにこの本の「すごさ」がある。体験記を超えた文学の味わいが魅力を添えている。

---fadeinpager---

独立心から生まれた、潜水士のヒロインをめぐる物語。

『マンハッタン・ビーチ』ジェニファー・イーガン

選・文:山崎まどか(コラムニスト)

重さ90キロの潜水服と装備を身に着けて、潜水士として海に潜るヒロイン! その設定だけで気持ちが上がる。この小説にまつわる展示をニューヨーク公共図書館で見たが、海軍工廠(軍需工場)で働く40年代のアメリカの女性たちの記事や当時の潜水士の記録からイーガンがこの小説を閃くまでの過程が見られておもしろかった。

191200_culture2019_book_01_03.jpg

第二次世界大戦下のニューヨークを舞台に、海に魅了された女性、アナ・ケリガンの軌跡を描く、ピュリッツァー賞作家による長編小説。アンドリュー・カーネギー・メダルを受賞したほか「タイム」「ニューヨーク・タイムズ」など多くのメディアで評価された。ジェニファー・イーガン著 中谷友紀子訳 早川書房刊 ¥3,850

戦時中は国内に男手が足りなくて、女性たちがその穴を埋めるべくバリバリ働いていた。その独立心の芽が、こんな作品を生み出したわけだ。ヒロインのアナだけではなく、失踪してしまうアナの父親をめぐるエピソードや、その父と関わりがあるギャングのデクスター・スタイルズも魅力的。逆境に潰されず、懸命によりよい明日を信じる人々の物語だ。

【関連記事】
2019年にリリースされた、とにかく心踊る3アルバム。
映画通が選ぶ、今年いちばん幸せに包み込まれた3本。

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

清川あさみ、ベルナルドのクラフトマンシップに触れて。
フィガロワインクラブ
Business with Attitude
2024年春夏バッグ&シューズ
連載-鎌倉ウィークエンダー

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories