この社会にある圧をあぶり出す、放射能をめぐる物語。

Culture 2020.01.26

ラベリングされる恐怖。冷静なのは誰なのか?

『トリニティ、トリニティ、トリニティ』

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小林エリカ著 集英社刊 ¥1,870

見覚えのある圧を作中からひしひしと感じる。社会から切り捨てられないよう自分を装わなければいけない圧。その圧から生まれる鬱屈とした空気。鬱屈とした中、人々はカッと大きな大きな光を求める。影すらも焼き尽くす大きな光を。それは本当に希望の光なのか、ただ目が眩んで光っているように見えているだけなのか、それとも誰かの欲の集合体なのか。

いま私は東京で仕事をして2歳の娘を育て、読者の方々と同じく間も無く開催される東京五輪についてのニュースを聞いている。希望の象徴と誰かが位置付けた五輪。『トリニティ、トリニティ、トリニティ』もこの私の住む世界軸とほぼ同じで、ひとつ違うのは放射線を帯びた放射能の歴史を語る石の声が聞こえる老人たちがいるということ。そして彼らは「トリニティ」とラベリングされテロリストのようなものと認識されていること。

誰かが「放射能」と言うだけでどこか身構えてしまうのは現実も同じだ。しかし、そうラベリングする人々は歴史を見ようと、知ろうとしているんだろうか。石が語るのは歴史であり、思想ではない。私も歴史を知らなかった。狂ったように見える人、生産性がない人を切り捨てる圧は物語と同じくこの社会にもある。そして自己責任論がまたネットで叫ばれる。結局は自分の首をしめるものなのに。それは冷静なのだろうか?

主人公、そして私の体からは、生理の血とともに誰かが「生産性」と呼び、誰かが「その人が生きて良いという価値としたもの」が流れ出していく。作中の生理の描写にハッとさせられる。当たり前だが、そういったものが流れ出しても、出し切っても、生きていていいんだ。子どもを持とうが持たまいが、病気だろうが老いていようが生きていていい。それが担保されていない世界はこんなにもホラーなのだ。

文/犬山紙子 イラストレーター・エッセイスト

1981年、大阪府生まれ。2011年『負け美女 ルックスが仇になる』(マガジンハウス刊)でデビュー。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍。近著に『私、子ども欲しいかもしれない。』(平凡社刊)など。

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*「フィガロジャポン」2020年2月号より抜粋

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