フランスの伝統文化"ビズ"がよみがえる日は来る?

Culture 2020.04.26

ビズを交わしている場合ではない。新型コロナウイルス感染拡大への対策として、頬を寄せ合うフランス特有の挨拶「ビズ」が凍結されている。なかにはこれを歓迎する「アンチビズ」派も出現。意外と複雑なフランスの文化、ビズにフォーカスしてみよう。

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ビズが新型コロナウイルスに脅かされている。photo : iStock

2月20日、フランス保健当局は何としてでも新型コロナウイルスの蔓延にブレーキをかけようと、感染拡大防止策を呼びかけ始めた。その対策には、こまめな手洗いや、咳やくしゃみをする時は肘(ひじ)の内側で覆うことなどが含まれた。加えて「握手とビズをしないこと」も。

とはいえ、IFOP(フランス世論研究所)の調査によると、その後数日経っても18歳以上のフランス人の91%が頬を触れ合わせるこの挨拶を続行。ニュース専門チャンネル「BFMTV」が行った調査でも、3月11日の時点で66%の人が呼びかけに反して相変わらずビズを続けていたという。そんなフランスは、ほどなくその報いを受けることとなった。

3月17日、全国に外出制限が発令。家族や友人、同僚といった外部との社会的な絆を絶たれ、親愛の印であるビズさえも奪われてしまったのだ。

「今日ビズを交わすことは、衛生的に見てばかげたことです」と医師のエリック・ジルベールは断言する。「インフルエンザ同様、新型コロナウイルスは唾液の飛沫で伝染します。咳をすれば、たとえ肘の内側で覆っていたとしても自分の顔はウイルスまみれになる。また、人は1時間に平均60回、手で顔に触れています。その結果、ただビズをするだけで相手にウイルスが移ってしまうのです」

それが正しい対処法だとはいえ、フランス社会を根底から揺るがすこの禁止事項、いったいいつまで守らなくてはならないのだろうか。「我々が直面しているのは新しい病気です。当然、状況がどう発展していくか予測不可能だということを理解しておかなくてはいけません」とジルベール医師は言う。つまり当面、外出制限とビズ禁止は続くというわけだ。

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“アンチビズ”派。

コロナ禍が始まって以来、ツイッター上の反応は加熱気味だ。感染が鎮静化しても続きそうな「No more ビズ」の考え方は、一部のフランス人の間に広まってきているようだ。

#bisedumatin(朝のビズ)は忘れ去られ、いっぽうで #Pétitionpourlafindelabise(ビズ反対署名運動)などのアンチビズ派が台頭している。「こうした反応は、実はもっと深い感情の表われでしょう。つまり時代を経て一般化してきたビズに『もうたくさん』と表明する気持ちです」と説明するのは、ソルボンヌ大学の講師で『Parlez-vous (les) français? Atlas des expressions de nos régions(<いくつの>フランス語を話せますか? 地方別表現図鑑)』の著者マチュー・アヴァンジだ。

「現在は誰もがビズを交わしますが、少し前までビズの相手は家族や友人に限られていました。なぜなら、相手とある程度の距離を保てる握手と違って、頬に触れあうビズは相手のパーソナルスペースに入り込む行為だからです」

『Politesse, savoir-vivre et relations sociales(礼儀作法と社会関係)』を著した社会心理学者のドミニク・ピカールによれば、「ビズは肌と肌を触れ合わせる親密な接触です。ビズを性的な行為と隔てているのは、相手の肉体に唇が接していないということだけです。ですから50年前には、初対面の人にビズはしませんでした。2020年のいま、ビズという仕草は感情とは連動していませんが、身近な集団への帰属意識の表れと言えます」。その証拠に、ビズは職場に大きく浸透している。

形だけの風習。

フランスでは1980年代、間仕切りのないオープンスペースが仕事の場に登場し、これがビズを広めることになった。「ビズは連帯感や平等感のようなものをもたらします」とピカールは語る。ビズの浸透は、人と人との絆が希薄な時代と社会に、繋がりを再び築こうとする意志を示している。しかしながら、親愛のサインは次第に意味のない習わしとなり、人によっては束縛と感じるまでに変化してしまった。

「仕事場でビズを交わすことは企業文化の一部です」と、企業コンサルタントのキャロリーヌ・デュフォーは言う。「朝、出社した時の慣習で、同じ部署の同僚にビズをして回らなくてはなりません。これは大変なことです。あまりよく知らない人にまで同じようにビズしなくてはいけないのですから」

では、ビズは廃止すべき? アンチビズ派は、ビズの習慣をプライベートな場に限定しようと主張する。だが、ビズを強硬に撲滅すれば、フランスの日常の本質的な感覚“触れること”を追放することになるのだ。ピカールによると「フランスの文明は接触の文明です。イタリアや北アフリカのマグレブ諸国と同様、フランスでは互いに触れ合って挨拶します。それは、他人にとって自分が存在していると感じるために必要なサイン。相手に、あなたは知らない人ではないと知らせる手段なのです」。それぞれがビズの適切さ、意味、正当性を考える時が来ているようだ。

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フランスならではの議論。

時代に沿って変化する社会的マナーの例に漏れず、ビズも時代や国によって盛衰を繰り返してきた。古代ローマ時代には洗練された挨拶だったが、西暦397年のカルタゴ教会会議では破廉恥だとして禁止された。高貴な騎士や聖職者にのみ許された感謝の印だった時代を経て、ペストの大流行のため14世紀には再び廃止される。ルネサンスの時代から18世紀にかけて優雅な誘惑の仕草とみなされるが、19世紀には人前でのビズが問題視される。ヨーロッパ中に広がったヴィクトリア朝の清廉潔白を重んじる風潮のなかで、ビズはカップルの間だけで行われるものとなり、1968年の5月革命の頃までその枠を出ることはなかった。

ところがそこからが大進撃の始まり! 呼び名もBise(ビズ)、bisou(ビズー)、bec(ベック)、schmoutz(シュムート)、baiser(ベゼ)……とバリエーション豊か。頬を寄せ合う回数は、西のブレストでは1回、パリでは2回、南仏モンペリエでは3回、北に行けば4回の地域もある。「地方による違いは困りものです。データも歴史的記述も少ないのでフランス七不思議のひとつと言えます」とアヴァンジ。また、高度に体系化されたビズの仕組みは、外国人にとっても賛同しにくいものとなり、おもしろがられはしても実行に移したがらない場合が多い。特に、ハグと投げキッスを流儀とするアメリカ人にとってはなおさらだ。

男たちとビズ。

「パリに来るまで、僕の顔は他の男の顔に触れたことなどなかった」と、YouTubeで300万ビューを獲得しているコント「ラ・ビズ」でネタにするのは、2009年以来パリに住むイギリス人コメディアンのポール・テイラー。なぜならフランスでは、男性同士の友愛の印は握手よりもビズが優勢だからだ。

「いまの30代は1960〜70年代のフェミニスト運動による変革に最も影響された世代です。それによって、男同士のビズに抵抗がなくなり、一般化したのです。習慣や社会規範が発展し、マスキュリニティのイメージも進化した。髪を染めたりフェイシャルクリームを付けたりするのと同じように、ビズをすることも男性の女性化の兆候ではなくなりました」とピカールは言う。

この慣習は、権力の頂点でも見られるようになった。去る1月6日、恒例の新年朝食会の際、内務大臣のクリストフ・カスタネールは、今年最初の閣議に出席するために大統領の元に出向く前、自分の公邸でチームを迎えた。この時、真紅の絨毯の上で車から下りる政府の各メンバーを出迎え、(男性女性を問わず)両頬に熱いビズを贈ったのだ。

「彼は南フランス、ヴァール県の出身ですから全員にビズをしても驚きません。とはいえ、これは地方の慣例を超えてマクロン大統領の姿勢に沿ったものと言えるでしょう。大統領はより身近でクールな政権のイメージを与えようとしていますから」とアヴァンジは説明する。

ビズの運命について判断するにはいましばらく時間が必要だろう。新型コロナウイルスはこのフランスの伝統にとどめを刺すのか。それともビズはよみがえることができるのだろうか?

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ビズに代わる6つの挨拶法。

1. Wai(ワイ):手を合わせ、頭を下げてお辞儀をする。このタイ風の作法は、1メートル以上の安全距離を守るようにという指示を守ることができれば、理想の方法のようだ。

2. Fist bump(フィストバンプ):2月28日、韓国の文在寅大統領は、議員たちと拳を合わせて挨拶。ただし拳が触れあう仕草、今日では避けたほうがいいジェスチャーだ。

3. Footshake(足シェイク) : 若者たちの間で流行している動画共有アプリ「TikTok」で生まれた新たな挨拶がこれ。「やあ」の代わりにお互いの足先を蹴り合う。

4. Coude shake(肘シェイク):前保健大臣のアニエス・ビュザンが提唱したのは肘をぶつけ合う挨拶。ただし、手のひらに飛沫をつけないために肘の内側に咳をしている場合、この挨拶では感染のリスクがあるのでは?

5. High five(ハイファイブ):触らずに、広げた手の平を相手に向けてあげる。ちょっと映画『ヘイル、シーザー!』っぽい……。

6. Sourire(スマイル):結局これがいちばん。最もシンプルで危険がなく、相手にとっても心地いい。

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texte : Clémence Pouget (madame.lefigaro.fr)

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