パンデミック以降、人との接触が怖くなった人たち。

Culture 2020.06.23

新型コロナウイルス感染症の流行以来、感染症対策を忠実に守ってきたあまりに、ビズや握手ばかりか、あらゆる身体的接触を極度に恐れるようになった人たちがいる。彼らの証言と専門家の解説を紹介する。

200623-lhaptophobie-ou-comment-vivre-avec-la-crainte-detre-touche-au-temps-du-coronavirus.jpg

新型コロナウイルスの流行は、長らく築いてきた習慣や人々の心理にも大きな影響を与えている。photo:iStock

ここ数週間、リヨン在住エンジニアのマリーヌ(30歳)は「亀のように」暮らしている。街角やスーパーで見知らぬ人が近くに寄ってくると、まるで甲羅の中に隠れるように「自動的に首がすくみ、身体が縮んでしまう」。新型コロナウイルスの感染拡大で、日常に影響が及ぶようになって以来、「普通に社交的なタイプ」だという彼女は、身体的な接触に耐えられなくなった。ビズやハグはもちろんのこと、単なる握手でも動揺してしまう。「たとえ身近な人でも、触れられると罠にかかったような気持ちがして、息苦しくなってくる」と彼女は声を震わせる。

こうした反応は接触恐怖症と総称されている。つまり、他者に触れることに恐怖感を覚える障害だ。「接触恐怖症は、自らの身体に関する自己決定権を侵されたり、過去に暴力を受けた経験がある人に見られることがあります。最近では、外界への不安感から起こる例もあります」と、パリ=デカルト大学の身体哲学教授ベルナール・アンドリユは解説する。

---fadeinpager---

触れるという脅威。

サラ(34歳)が外の世界に脅威を感じたのは3月15日。勤務するグルノーブルのエスケープ・ゲームが休業に入った日だ。もともと積極的に人に触れるほうではなかったという彼女は、施設内の各部屋を執拗に消毒するうちに、他者に触れることのリスクを初めて意識した。「感染が怖くてパニックになりました。帰宅すると、もう外に出たくない、誰にも会いたくないと思いました」と彼女は明かす。

心理社会学者のシルヴァン・ドゥルヴェによれば、これは当然のこと。「政府や世界保健機関(WHO)は、ワクチンがない以上、ウイルス拡散を止めるには感染対策を遵守するしかないと強調し続けました。その結果、触れることと危険とが結び付いてしまった」とドゥルヴェは話す。「五感による体験は、これまで侵害されることがありませんでした。HIV感染症はコンドームで予防し、妊娠はピルでコントロールしてきました。けれど、これまで築き上げてきた身体に関する知識は、新型コロナウイルスに直面して揺らいでいます」と、アンドリユは付け加える。「現段階では、他者との接触が感染の危険性のない無害なものであることは証明されておらず、それについての検証も行われていません」

自分の反応に驚いた。

企業の広報部に勤めるパリジェンヌ、アナイス(38歳)は、自分が接触恐怖症になるとは思いもせず、そういう言葉があることさえ知らなかったという。ある朝、マルシェで店員からインゲンの入った袋を受け取る時に相手の手が軽く触れ、思わず“飛びのいて”しまった。「自分の反応に自分で驚きました。飛び上がって、身体がこわばってしまい、まるでお尻でも触られたみたいにショックを受けました」と彼女は語る。「幸い、店員は笑ってくれました。私は触られた手を身体にぴったり付けて、もういっぽうの手でカバーして、ひきつった微笑を返すのが精一杯でした」

彼女が自分の反応に驚いたのも無理はない。無意識が防御の役目を果たしてくれたのだ。「人間の脳は危険が近づいた時に警報を発し、防御システムを稼働するように設定されています」と話すのは精神科医のアントワーヌ・ペリソロだ。パリ郊外クレテイユ市のアンリ=モンドール大学病院精神科部長でもある。「人類がこれまでいくつもの感染症を乗り越え、危険な動物に近寄らないようにしてこられたのは、この原始的本能のおかげです。感染症対策を過度に徹底することで、この本能がここにきて強化されているのです」

---fadeinpager---

ヒポコンデリー(心気症)を誘発しやすい状況。

外出制限が解除され、グルノーブル在住のサラは再び外に出るようになった。外出時は用心しているが、気持ちはわりと落ち着いているという。「人とすれ違う時は距離を空け、レジでレシートを受け取る時も指に触れないように気を付けます」。それでもパニックになることもある。「列に並んでいる時に、対人距離を取らずに接近している人がいると、閉所恐怖症の発作が起きてしまうのです。身体が熱くなって、頭痛がし、心臓がドキドキし始める」とサラは話す。若い頃に経験したことがあるため発作を鎮める方法はわかっている。そういう時はすぐにその場を離れるようにしている。

「過敏な人のなかには、過去に病気や近親者の死を経験したことが原因となっている場合もあります。ですから現在のような状況では、症状の軽重はありますが、ヒポコンデリー(心気症)や、感染に関する強迫観念、対人恐怖症などの発症リスクが高まることが考えられます」と精神科医のペリソロは懸念する。

メディアによる頻繁な注意喚起がきっかけで、過剰反応を起こすケースもある。フランス南部で生徒指導専門員を務めるダルマ(46歳)も苦しめられたひとりだ。彼女は「不安を煽る」広告はもう勘弁してほしいという。「外出制限が解除され車で両親に会いに行く道中、“大切な人だからこそ、近づきすぎない”という政府広告がラジオで繰り返し流れました。何度も聞かされてストレスが一段と募りました」と彼女は苛立ちを隠さない。「両親の家に着いた時には、私も夫もためらってしまって。家族を前に、両腕をだらんと垂らしたまま立ち尽くすだけ。お互いに気まずかった」

たとえそれがミレーヌ・ファルメールでも。

リヨンのマリーヌは、祖父が入居する高齢者施設の門をいまだにくぐれない。「頻繁に電話はかけていますが、まだ訪問をする勇気が出ません。祖父に感染させてしまうのではないか、祖父の腕やエレベータのボタンや扉のノブを触って、自分が感染するのではないか、と不安で。それに隣の部屋の入居者が新型コロナウイルスに感染して亡くなったと聞きましたし」。こうした背景から二重の罪悪感が生じている、とアンドリユは指摘する。「気付かないうちに人に移してしまうのではと恐れ、病気になった場合には、罪など犯していないのに自分が悪いような気持ちになってしまうのです」

わだかまりが残るのも、他者に触れらることも避けたい。サラが見つけた対応策は「ビズはしないけれど、心はここにある」というひと言だ。こう言うことで、友人や甥たちに、丁寧にビズを断ることができる。「たとえ大好きなシンガー、ミレーヌ・ファルメールでもビズをするかどうか、4回は熟考すると思うわ」とサラは冗談めかす。妥協を許さないマリーヌはといえば、他者との交流を減らすことにした。会うのは“健康な”母といちばんの親友のふたりだけ。家の中に招くことはせず、庭でカフェを飲む。もちろん、きちんと対人距離を取って。私たちの「接触の目安」が揺らいでいるために、「他者との付き合いに序列を付けざるを得ないとアンドリユは言う。

ビズの消滅。

接触恐怖症で不安を募らせる人がいるいっぽう、接触を避ける風潮を好都合だと歓迎する人もいる。ダルマはもう誰にもビズをしなくて済むことがうれしいと言う。「ビズの風習は性差別的、と拒否してきたせいで、これまでまるでエイリアンのように見られてきた」と彼女は苛立ちを隠さない。「それにはっきり言って、見ず知らずのおじいさんにキスするのも嫌なものです」

接触を恐れる人たちは、自然にハグする、チュッと音を立ててビズをする、頬を触れ合わせるといった親愛の表現を今後一切しないつもりなのだろうか? 「接触恐怖症は身体的距離の近い交流の終わりを暗示しているかもしれません。でも、だからといって社会的な絆がなくなるわけではない」と精神科医のペリソロは言う。外出制限期間中だけでなく、ずいぶん前から、私たちはデジタル通信手段を介して他者との関係を維持してきた。「現代社会に接触タブーという発想が復活したわけですが、身体的な交流が減るいっぽうで、人間はそれを補うために、ビデオ電話やテレワークといったバーチャルな接触手段を開発してきました」とアンドリユは指摘する。

強い不安を覚える人たちはコロナ禍が収束した後もこうした習慣を続けるだろうが、逆にたがが外れて、進んでリスクを冒す人も出てくるだろうと、アンドリユは予想する。マリーヌは新型コロナウイルスに対するワクチンができれば恐怖症から解放されると考えている。「ワクチンを打ってもらったら、高齢者施設に飛んで行って、祖父を力いっぱい抱きしめたい。施設の看護師だって抱きしめるわ」と彼女は微笑んだ。

【関連記事】
コロナ禍を経た世界で、ショッピングの風景が変わる!?
フランスの伝統文化"ビズ"がよみがえる日は来る?
自宅待機中も心の平穏を保つための、6つのアドバイス。

texte : Tiphaine Honnet (madame.lefigaro.fr)

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories