世界から注目される芸術家が、言葉で綴った初の作品集。

Culture 2020.06.27

尽きることのない泉のように、きらきらとした言葉。

『空を見てよかった』

2006xx-livre-01.jpg

内藤 礼著 新潮社刊 ¥3,300

私たちは、なぜ芸術を愛するのだろう。アートを必要とするのだろう。内藤礼の作品に接すると、いのちというものの原点にふれる思いがある。伝わってくるのは、「小さなものたち」の持つ力である。

いまや日本を訪れる人が最も行ってみたい場所のひとつとなった瀬戸内海の直島。地中美術館を中心とする「アートの島」の一角に佇む内藤礼の代表作『このことを』。築百数十年の家屋の中に設けられた「小さなものたち」の祝祭。完全予約制でひとりずつ入って向き合う中で、濃密で忘れがたい時間が流れる。直島からほど近い豊島にあるもうひとつの代表作『母型』。かつて、ここを訪れたある美術好きの編集者は、「あまりにも素晴らしすぎて、どんなところだったか、絶対に誰にも言わない」と語った。

現代美術の世界で、唯一無二の存在である内藤礼。彼女が書き継いできた言葉を集めた『空を見てよかった』は、それ自体がひとつのかけがえのない、そしてこの上なく美しいアート作品だ。表紙は、キャンバスにアクリル絵の具で描かれた内藤礼の作品。気が遠くなるほどの手間と時間をかけて、丹念に筆を置いていき、色と色の間(あわい)に自らのいのちを託す。やがて顕れるすばらしい言葉たち。ページを開くごとに、生きること、向き合うこと、そして創ることをめぐる深く、みずみずしい、尽きることのない泉のような文章に出合う。

きらきらと並んだ言葉に凝縮される生の無限。内藤礼は400字の文を書くのに1週間かけることもあると、かつて聞いたことがある。「祝福の無条件の存在」。「目を瞑るときはひとり。どんな寂しがりも」。「無垢は没頭している」。「空を見てよかった」。世界の中に内藤礼がいて、これらの言葉が生まれて本当によかった。

文/茂木健一郎 脳科学者

1962年、東京都生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京大学非常勤講師。新著に『眠れなくなるほど面白い 図解 脳の話』(日本文芸社刊)など。

*「フィガロジャポン」2020年7月号より抜粋

【関連記事】
地名を手がかりに土地の物語を辿る、旅エッセイ。
心と身体を削る女たちを描く、鮮烈なデビュー短編集。

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories