ヒロインと観客の距離を問いかけてくる『おもかげ』。

Culture 2020.12.09

息子を見失った女性の彷徨、苛烈な歩みを海が見つめる。

『おもかげ』

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スペインに近いフランスの海辺町、息子の面影を留めた少年に向ける愛は、愛息との「別れ」の呪縛を解くエレナのもがきか。踏み越えんとする意志か?

“彼女の感情は彼女だけのものであり、私たちが定義づけてはならない”。映画を観てそんな風に思ったのは初めてで、私は戸惑いを覚えた。主人公エレナは、6歳の息子を電話越しに失った女性だ。彼女は離れた場所にいる幼い息子の「ママ、助けて」のか細い声に手を伸ばすことができず、電話は途切れる。ワンカットに焼き付けられた、凄まじいファーストシーンだ。

10年後、エレナは息子が行方不明になった海岸にいる。海辺のレストランで働きながら、穏やかな波、色素の薄い砂浜と空の下を、彷徨い続けている。そこで彼女は出会ってしまった。16歳前後の、息子によく似た少年に。少年との交流の中で、エレナは自分の気持ちを語らない。

私たち観客は、映画を観るときにいつもそうしてきたように、人物の感情を想像する。息子を失った悲しみ、少年への愛、戸惑い、母性……。しかしエレナを見ていると、それは果たして正しいことなのか?と疑問が生まれる。

どうして名前をつけなければいけないのか、彼女の感情は、他でもない彼女だけのものではないか。それに、いくらこちらがエレナの感情を想像しようと、エレナは振り切るように動き続ける。海岸を、森を、まっすぐな道を、ずんずん歩いていく。誰も彼女を止めることはできない。

共感や同情を求めていない彼女は、私たちの想像の中に収まらない。私たちにできる唯一のことは、彼女の行く先をただ見つめることだけ。まるで海になった気分だ。

そういえばエレナは、海に入ってはくれなかった。映画と観客の関係性や距離を、私たちは『おもかげ』を観て、改めて考えなければならない。

文/ふくだももこ 映画監督/小説家

2016年、短編小説「えん」がすばる文学賞佳作に選出される。19年、『おいしい家族』で長編映画監督デビュー。劇場最新作は「えん」ほかを再構築した『君が世界のはじまり』(20年)。
『おもかげ』
監督・共同脚本/ロドリゴ・ソロゴイェン
出演/マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュールほか 
2019年、スペイン・フランス映画 129分
配給/ハピネット
シネスイッチ銀座ほか全国にて公開中
http://omokage-movie.jp

*「フィガロジャポン」2020年12月号より抜粋

●新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

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