作家・梨木香歩が感動した、死と再生を描く映画。

Culture 2021.06.07

森が炎を解毒するような死と再生の静かな時間。

『やすらぎの森』

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炎で息ができなくなった鳥たちが、雨のように降ってくる──地獄の業火のように燃え盛った山火事は、今も地域の人びとの奥底に在る。

山火事で家族を失ったテッドは、湖のほとりで世捨て人の生活を送りつつ、孤独の裡うちで絵を描き続けた。誰に見せることもなく死んでいったのは、誰とも共有できないと思っていたからだろう。

昏(くら)い森の中で燃え続けるそれら炎の絵を、鮮やかに読み解いたのは、60年間精神病院に隔離され、「空っぽの感覚」を抱え続ける76歳のマリー・デネージュだった。一度も会ったことがないにもかかわらず、テッドの孤独と「人生を奪われた」マリーの孤独は、同じ「炎」で繋がっていた。

マリー・デネージュという名前は、彼女が精神病院と決別し、世捨て人のチャーリーやトムが住む、この湖のほとりに来たときに自分でつけた名まえだ。76歳にして新しい人生を生き始めたのだ。ホテルに飾ってある動物の剥製に触るときの彼女の初々しい表情、ホラー映画を垣間見たときの怖れ、初めて泳いだときの子どものような喜び。それは同じ生の喜びでも、青春真っ只中の爆発するような騒々しさとは無縁の、老いの寂寥に裏打ちされた静かな美しさに満ちている、暮れなずむ湖の風景そのものだ。そしてその美しい静謐が、森の木々が薪となって燃えている部屋で、チャーリーと結ばれる描写にも溢れていく。まるで森が炎を解毒し、昇華させていくような、静かな再生の場面だ。やがて山火事は再び彼らに近づき、トムは湖岸で朽ちていく樹木のように自死を選ぶ。

森と湖と炎が抱き合うようにして紡ぐ、死と再生の物語であり、それは限りなく美しい。そして優しい。

 

動画画像キャプション

 

文/梨木香歩 作家
1994年、『西の魔女が死んだ』(新潮文庫)でデビュー、14年後に映画化された。以後の小説は『家守綺譚』(新潮社刊)、2006年度の紫式部文学賞を受賞した『沼地のある森を抜けて』(同上)ほか。人と家と自然の交感を綴る随筆家でもあり、新刊に『炉辺の風おと』(毎日新聞出版刊)がある。
『やすらぎの森』
監督・脚本/ルイーズ・アルシャンボー 
出演/アンドレ・ラシャペル、ジルベール・スィコット、レミー・ジラールほか
2019年、カナダ映画 126分 
配給/エスパース・サロウ 
5月21日より、シネスイッチ銀座ほか全国にて公開
https://yasuragi.espace-sarou.com

新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2021年7月号より抜粋

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