Culture 連載
きょうもシネマ日和
海外からも拍手の嵐が!アーティストCoccoが
人生を注いだ女性への真の讃歌「KOTOKO」
きょうもシネマ日和
先日、カフェで隣に座っていた女性同士が半ば口論のようになり、声を荒げながら言い争っていた。私から見て向かいに座っていた、おそらく40代、化粧っ気がなくメガネをかけ、黒っぽい洋服に身を包んだその彼女は、「震災直後の母親たちは気が狂っていた。おむつやトイレットペーパーも買い占めて、ありえない。ちょっと冷静になればわかるだろうに判断がつかないなんて、信じられない。」と強い語気で言い放った。一方、私の横に座っている、白っぽいセーターを着ていたショートカットの女性は、「子どもがいれば、誰だって何としてでも守りたいと思うでしょ。あの時はそういう気持ちがそうさせたのよ!別にあなたが彼女達を否定する資格はないでしょう。」と反論した。すると、「そりゃ、私には子どもがいないわよ。でも、私は色々ネットやtwitterで調べて状況を把握して冷静に動いたのよ、云々・・・。」と、黒い女性。
そこへ、状況を察したのか、店員さんがやってきて私に「あちらの席が空いていますので、いかがですか?」と奥の席を指差した。その時は打ち合わせに来ていたので、そろりと席を離れたのだが、この話はどんな風に収束していくのだろうと少し気になっていた。
と、長々とプライベートな体験を書いてしまったのは、本作の主人公が、愛する息子を守ろうと苦しみもがく女性だったからだ。
主人公、琴子を演じるのは、シンガーソングライターであり、絵も描き、エッセイも書くアーティストのCocco。手がけたのは、『六月の蛇』『ヴィタール』など国内外でも評価の高い塚本晋也。
まずはストーリーからご紹介しよう。
■ストーリー
たったひとりで、生まれたばかりの息子大二郎を育てている琴子は、世界が"ふたつ"に見える現象に悩まされている。神経が過敏になり現実と幻覚の見分けがつかず、時に騒ぎを起こしてしまうのだ。結果、琴子は幼児虐待を疑われ大二郎は姉の元で育てられることに。彼女が唯一、世界がひとつでいられるのは歌を歌っているときだった。そんなある日、琴子の歌に惹かれた小説家の田中という男が現れ、彼女を追い続けるが、そこには予想のできない出来事が待っていた・・・。
本作は、作品づくりにCoccoからインスパイアを受け続けてきた塚本晋也監督が、Cocco発案の「Inspired movies」(東日本大震災義援金企画)で、彼女の歌に映像をつけたことが最初のきっかけだったという。
彼女はその作品をとても気に入って、「一緒に映画を作りたい。」とオファー。
塚本監督は彼女に何度もインタビューを重ね、その内的世界に入り込みながら、自身のテーマとも結実させた。
■琴子の苦悩
本作は、全編にわたって琴子の苦悩が描かれている。琴子の目には、善意で寄ってくる(きているはず)の他者が、もう一方の場所で悪意に満ちてこっちを睨みつけている、そんな風に見える。彼女は強迫観念に襲われ、時には相手を攻撃し、部屋に帰ると風呂場で自身の腕をまくりあげ、カミソリで傷を入れる。血まみれになる自分の腕を見つめながら「あぁ、生きなくてはならない。」と、どこか安堵する。
息子である赤ちゃんの大二郎を抱いているときも、彼女の世界は決してひとつにはならない。育児を完璧にこなせない彼女は、苛立ち混乱して、大切な我が子をマンションの屋上から落としてしまったり、「彼を守らなくては。」という愛の強さが強迫観念に代わり、幻覚を見ては泣き叫ぶ。
観ていると、時々胸がおしつぶされるようになる。ご存じのとおり、Coccoさんはか細いし、その繊細な神経のふるえがこちらにまで生々しく伝わってくるので、正直、、精神的にきつい。
■塚本晋也監督がとらえる表現者、Cocco
しかし、それでも見続けていられるのは、いや目が離せないのは、その強迫観念の中で怯える琴子に、どこか共感してしまう部分があったこと。
そして、自分を痛めつけていない時の琴子が、あまりにも魅力的だったから。屋上で歌を歌う琴子、大二郎に会いに姉の家に訪れ幸せそうな笑顔を見せる琴子、、、何度アップになっても見飽きることのないCoccoの表情は、母親、女、人間としての輝きに溢れ、ファンならずとも惹きつけられるのではないだろうか。こんな風に彼女を撮れてしまう、塚本監督にもただただ脱帽だった。
監督は、琴子が出会う小説家の田中という役でも出演している。田中が彼女にとってどんな存在になるかはご覧頂くお楽しみとして、やはりここでは、監督の演出手腕に注目したい。
塚本監督といえば、FIGARO読者の方はあまり馴染みがないかも知れないが、国内外でも熱狂的なファンを持ち、多くの俳優からも愛される日本映画界で唯一無二の存在(と私は思っている)。かつて人々が邦画にあまり興味を示さなかった時代から、海外の映画祭で数々の賞を受賞してきた。映画を"観ている"のに身体感覚にまで訴えかけてくる、その独特で強烈な世界観は何度も世界を唸らせた。
そんな塚本作品に何度も衝撃を受けてきた私は、今回もまた、緻密さと過激さと繊細さ、独特のスピードとリズムで、まんまと塚本ワールド、いや、塚本×Coccoワールドのうねりに飲み込まれてしまった。
本作は、第68回ベネチア国際映画祭で、世界の映画の潮流を探るオリゾンティ部門の最高賞にあたるオリゾンティ賞の受賞他、すでに海外で様々な映画賞を獲得している。
■今、不安に思っているお母さんたちに観てもらいたい
撮影は昨年、震災のあった3月に行われた。塚本監督は「震災の後に脚本を変えることはしなかった。」と言い、あるインタビューでは『でも、震災が起こったあとに、自分の周りのお母さんたちが子供のことを心配して、ものすごく神経質になり、エキセントリックになりました。ちょうど琴子が映画の中で子供のことを守るあまりにエキセントリックになるのと、すごく近い感じがして。(中略)今だからこそ「母親たちの不安をきちんと描ける。描くべきだ』と思ったんですね。映画が完成して、「今、不安に思っているお母さんたちに、この映画を見てもらいたい」という気持ちが湧きました。」と話している。
また一児の母でもあるCoccoに対しては、「『KOTOKO』を全女性への真の讃歌だと言って、主体的に演じてくださった。」と語り、その演技を絶賛した。
確かに彼女の演技は、彼女自身から生まれたキャラクターだとはいえ、観るものに鮮烈な印象を与え、彼女が歌ったり踊ったりするシーンでは彼女が孤高のアーティストだということを実感させられる。
■最後に
本作は、観る方によって解釈が大きく異なるかも知れない。男と女、子どもがいる人、そうでない人、そして人によっては苦手と思う方もいるかも。映像的にも精神的面においても人間のヒリヒリした部分や暴力性に踏み込んでいるからだ。
ただ、特に今のように子どもを育むことの難しい時代に、母親となった女性のもがきや底の見えない悲しみ、コントロールできないほどの溢れる愛を描いた本作で救われる女性は多いのではないだろうか。
できることなら、冒頭で出会った女性2人にも本作をご覧頂きたい。見終わった後は、しばらく口論どころか言葉も出なくなるど思うけれど。
●監督/塚本晋也
●出演/Cocco、塚本晋也
●2012年、日本映画
●配給/マコトヤ
●91分
4月7日(土)よりテアトル新宿(03・3352・1846)、シネリーブル梅田(06・6440・5930)ほかにて公開。
http://www.kotoko-movie.com/
■〜4/15まで、"コトコノコ展"開催中。
CoccoとKOTOKOを繋ぐ
書き下ろし最新エッセイ集
『コトコノコ』
著:Cocco
2012年3月12日発売(幻冬舎刊)
1365円(税込)
Cocco最新エッセイ『コトコノコ』出版記念
コトコノコ展 開催決定
~アーティストCoccoによる映画「KOTOKO」の世界を体感しよう~
4月7日(土)~4月15日(日)
会場:
ギャラリーアイリヤード
渋谷区神宮前4-25-7-301
http://www.irieyawd.com/
日程:(平日/日)11:00~19:00
*会場入場18:30まで
(土)11:00~20:00
*会場入場19:30まで
最終日17:00まで
入場無料