Culture 連載
きょうもシネマ日和
目には見えない名誉を手にした無冠のヒッチコックと妻アルマの物語『ヒッチコック』
きょうもシネマ日和

4月になり、新しい出逢いも増えるこの時期、たとえば名刺交換をした男性の左手薬指に指輪が光っていたりすると(←やっぱり見ちゃうよね)、へぇ、奥さんってどんな方なんだろう。と思ってしまう。そして実際にお会いするチャンスがあったりしようものなら、「なるほどーーー!だから○○さんって、服のセンスいいんだ!」とか「意外とこういうタイプの方を選ぶんだぁ、実は素朴な方なのかも」(←ひどい......)と、その人への(私なりの)理解がぐんと深まったりする。
本日ご紹介する映画『ヒッチコック』は、そのタイトル通り、あのサスペンスホラーの巨匠、ヒッチコック監督の物語。ではあるのだが、実は、彼を支えながらも自らも才能溢れる女性だった妻のアルマの物語でもあり、その関係性はたとえヒッチコックを知らなくても、男と女の関係に興味のある方なら楽しんで頂けるのではないかとさえ思う仕上がりだった。もちろん、ヒッチコックという人物を知りたい方は彼女の存在で、まさにぐんと理解が深まり、彼に対する新しい感情が芽生えるはず。まずは、ストーリーから。

◆ ストーリー
サスペンス映画の巨匠にしてハリウッド映画を代表する映画監督の1人とも言えるアルフレッド・ヒッチコック。しかし彼は、実は一度もアカデミー賞監督賞を受賞した事がなかった。作品が絶賛されるも、賞を手にしたことがないヒッチコックは、後にサスペンス映画の金字塔となる『サイコ』の製作をスタートさせる。しかし、その内容の斬新さゆえに、資金繰りがうまくいかない。一方、彼の作品の編集作業にも携わり、内容に関しても的確な指摘をするなど、ヒッチコック作品を陰で支えてきた妻アルマとの関係にも不穏な空気が流れ......。

◆ 女性も惚れる女、アルマ
ヒッチコックといえば『鳥』『サイコ』など、一度見たらトラウマになる方続出(私も......)、簡単に言えば、これ以上考えられないという演出で人間を恐怖に陥れる天才みたいな監督。そんな人と結婚する女性なんてどんな風変わりな人なのかと思いきや、アルマは男性はもちろん女性からも好かれそうな、男前で女らしくて、デキる女なのだ。
彼女はヒッチコック作品の編集をノークレジット(自分の名前が残らない)で手がけていたり、あのヒッチコックが練った企画書をスパッとダメ出しなんて当たり前、彼が病気になって撮影がストップしてしまった時には、現場に直行。自らがメガホンを持ち始めるなんて事も。天才ヒッチコックの裏に彼女あり。そして、興味深いのが、本作がヒッチコックが60歳になってからのお話だということ。

◆ 60歳を過ぎたヒッチコックが見た夢の先
そろそろ引退なのでは? と言われた彼が一念発起して乗り出したのが『サイコ』。しかし資金繰りはうまくいかず、妻のアルマはさんざん夫に尽くしてきたにもかかわらず、出演するブロンド女優にご執心(!?)の彼から離れていこうとする。60歳にして、映画にも伴侶からも見放されてしまいそうなヒッチコックが、いかにして名作『サイコ』を完成させる事ができたのか。創作において、妻との関係においてヒッチコックが苦悶する姿をフイルムに焼き付けつつ、アルマの繊細な心の揺れもしっかりと描いてゆく。そうして人生の酸いも甘いも噛み分けた2人が、それでもなお夢を追いながら葛藤し、ラストには奇跡を起こしてしまう所に、思わずブラボーと拍手したくなってしまう。

◆ さいごに
本作をご覧になる前にヒッチコック監督の『サイコ』を見ておいた方がいいかと聞かれたら、「いいかも」くらいのニュアンスで、イエスと答えたい。でもご存じなくても、本作を観た後に見ると「あ〜この作品が!」と逆に、それはそれで楽しいような気がする。(スカーレット・ヨハンソンはこの人を演じてたんだ!とかね)。
ヒッチコックは結局、アカデミー賞を受賞することなく天国へ旅立ってしまった。でも、その才能と情熱を認めてくれ、自身の能力を自分に捧げてくれた妻がいてくれたこと、これほどの名誉はないのではないかと思う。
ヒッチコックの苦悩の裏で、自分自身の生き方を模索しながらも、気丈に彼を支え続けるアルマの姿は現代女性に多くのメッセージを投げかけているようにも思った。
監督:サーシャ・ガヴァシ
出演:アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン
配給:20世紀フォックス
公開日:4月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
http://www.foxmovies.jp/hitchcock/