Culture 連載

Dance & Dancers

あの『ボレロ』を野外公演で踊る!!
上野水香さんの多忙な夏のスケジュールを、インタビュー

Dance & Dancers

 5月の東京バレエ団・パリ公演では『ザ・カブキ』に顔世御前役で出演。抜群のプロポーションとしなやかなライン、そしてミステリアスな東洋美でオペラ座の観客たちに存在感をアピールした上野水香さん。「緊張感もひとしおでしたが、持ち帰った手ごたえは今までになく確かなものでした」と、生き生きと話すその表情からは、これからの舞台への力強い意欲が感じられる。
 その水香さんがこの夏、話題の舞台に、話題の作品で、臨むのである!!

■その時、オペラ座で体験した"マジック"とは!?

 小さいころからの憧れであり、究極の夢の世界でもあったというパリ・オペラ座の舞台。「その場所で踊ることが、(東京)バレエ団のツアーで叶うこととなり、それにはとても感謝しています」、パリ公演を無事に踊り終えた感想を聞くと開口一番、こう答えが返ってきた。
 そのオペラ座の舞台、何といっても"空気の深さ"に圧倒されたと言う。「建物自体に刻まれた時間、ここで喝采を浴びたダンサーたちの痕跡...そうした歴史の重みがものすごい深さを醸し出していて、吸い込まれそうになるんです。...舞台の床が斜めになっているという(物理的な)こともあるのかも知れませんが、私にとって重要なのはそういうことではありませんでした。その深さに飲み込まれず、自分の力を発揮する難しさを、身体で経験しました」
 しかし経験したことの無い"深さ"との対峙は、今までにない手ごたえも感じさせてくれた。 「表現がうまくいったときのパワー、手ごたえが、尋常ではなかったんです」 。オペラ座のスポットライトの中に思うように手足が伸びていった瞬間に感じられる、観客たちの熱い視線、そして歴史と言う姿の見えないもう一つの、視線。前者は水香さんへの嬉しい評価となりメディアでも取り上げられた。そして後者は...「あのとき、絶対に何かの力が働いたのです」
 あのとき。
 終盤の重要な場面でアテールからポワント(足裏を床につけた状態からつま先立ち)に静かにアップしていくシーンがある。控えめな動きに見えるが実はこれ、腹筋と足の内側の力だけで体重を天に引っ張り上げなくてはならないので、実は高い筋力と集中力が必要なのだ。「いつもはものすごく集中してバランスをとるのですが、なぜかその時は、勝手に足が持ち上がっていったんです。思いがけない出来事に、上半身が崩れないよう慌ててバランスをコントロールしなくてはなりませんでした」。でも、その時の宙に身体が伸びていくようなその感覚は、「何とも言えず心地よく、ああ、何かに守ってもらっている! と感じないわけにはいきませんでした」
 またここに"帰ってきたい"、オペラ座は水香さんにとって、そういう場所になった。

09WBF_no 6553Bolero_MizukaUeno(photo_K Hasegawa).jpgボレロを踊る上野水香さん。シンプルな衣裳が、ダンサーの全てを露わにする。Photo:Kiyonori Hasegawa

■ベジャールの『ボレロ』は、音楽の視覚化である。

 パリ公演で上演した『ザ・カブキ』は、現代バレエの巨匠、モーリス・ベジャールが東京バレエ団のために創作した作品だ。「ベジャールさんは、日本と、東京バレエ団に対して深い愛情と理解を持ってくださり、それを作品に反映してくださったのだと思います」
 そのベジャールの代表作のひとつが『ボレロ』である。同一のリズムの中で二種類のメロディが繰り返される"オスティナート"という手法で構成される音楽に合わせ、赤い円卓の上で、ひとりのダンサーが踊る。音楽同様動きも大変シンプルなものなのだが、音楽が後半に向けて増幅していくのに合わせ、繰り返される動きも次第に大きく膨らんでいく。観ている方も踊っている方も、軽いトランス状態へと導かれるようなこの作品は、踊りの持つ生命力に対するベジャールの哲学のようなものが、見て取れるようにも感じられるのだ。そして、ショナ・ミルク、ジョルジュ・ドン、シルヴィ・ギエム...卓越した才能と輝くような個性を持った人たちがこの作品を踊り継いできたのだが、水香さんも2004年からそのひととなったのだ。
「日本人では首藤康之さん、高岸直樹さん、後藤晴雄さん、素晴らしい方々が踊っています。それだけに、身体で練習を重ねるだけではなく、思考も駆使し、考え抜いた自分のボレロを踊らなくては恥ずかしいと思っています」。初めてこの大役を任された時には、直接ベジャールからの指導も受けた。「今でも(07年に他界してしまった)ベジャールさんが教えてくれたことを思い出します。バレエの基本に忠実でシンプルな動きをきっちり繊細に行う中で生まれる美しいラインの作り方がベースにあり、常に音楽と身体を一体化させて表現すること、それをベジャールさんは細かく指導してくれた。ベジャールさんの"ボレロ"は音楽の視覚化でもあり、自分が完璧に音楽と一体にならなければいけないのです」
"私が創った、原点のボレロを踊って欲しい、そして君にはそれができるはずだ"―水香さんの胸には今も、ベジャールのその言葉が、どっしりと存在している。

■"今の自分"が露わになってしまう踊り、そして芸術家は孤独である、という覚悟。

 しかし何事も、シンプルであればあるほどそのものの本質が問われるものだ。白いシルクのシャツとナイロンのシャツの違いが、そのよい例だろう。「ボレロは、その時のその人そのものが、映し出されてしまうような作品です。例えば、若いころのギエムは鞭のようにエネルギッシュに踊ったけれど、ここ数年は踊りの中に深みや哀愁があります。その人が何を考えどんな風に時間を積み上げてきたか、その人そのものが、見えてしまう一面もあるんです」。シンプルな振付とはいえ、動きを止めること無く増幅させ、エネルギーの光の輪を大きくしながら踊り続けるようなこの作品は、体力の消耗も激しい。「最後は結構つらいです。けれどもボレロとは、孤独な踊りです。周りに人はいるのですが、踊っているときは自分と向かい合い、自分と闘っているのです」。この作品に関してはジル・ロマンや(小林)十市さんなど、ベジャールの元で活躍していた先輩方に指導してもらえたことも幸運だった。しかし、いくら素晴らしい先輩でも、ひとりひとりの踊りはそれぞれの人生と同じように異なるもの。単純に真似たりなぞったりするだけでいるのは不十分だと考えている。ベジャールが生み出し、時代のダンサーの身体に踊り継がれてきたそのエッセンスを、上野水香というひとりの人間の細胞の中でどう生かしていくのか。それを考えた時、「結局芸術と言うのは"誰かと"闘うのではなく自分と闘うものなのだ、そうやって自分を高めていくしかないのだ、そう気づいたんです」

■ヨコハマの夜景に抱かれ踊る『ボレロ』!!

 今回、水香さんが踊るのは『ダンスダンスダンス ヨコハマ2012』。7月20日から10月6日までの約3カ月間、横浜市内のさまざまな会場を舞台にクラシック・バレエからストリート・ダンスまで幅広いジャンルのダンスに触れられる本格的フェスティバル、そのオープニング公演として上演される東京バレエ団の舞台。『ギリシャの踊り』『カルメン』そして『ボレロ』の3本立てだ。
 そしてなんと、舞台は赤レンガ倉庫のオープンステージ、開演は19時。つまり、夜の野外ステージ、である。「以前、トルコの古代劇場でこの"ボレロ"を踊った時、空に吸い込まれそうな気持になり、頭が真っ白になったことがありました」。そのときは後ろに幕があったからまだ左右の方向感覚は取りやすかったけれど、今回の横浜は広々とした倉庫前の広場で背後に海とベイブリッジ、頭上には星空、である。「自分を見失わないように踊らなければいけませんね(笑)」。公演は7月20日(雨天の場合23日)、21日(雨天22日)の2回。

 これは私的見解であるが、ボレロの、全身が命の鼓動になったかのようなあの動きを見ていると何か、天から神々のエネルギーがその踊り手の身体を借りて私たちの目の前に出現しているような、そんな錯覚にとらわれ背筋がぞくぞくとしてくる。梅雨明けの夏の夜空と海を背景にどんな神々の、あるいは宇宙の物語が立ち現れるのか。とても楽しみである。
 さて、この舞台を終えると上野さんを待っているのは、3年に一度のビックイベント、日本のバレエファンが心待ちにしている『世界バレエフェスティバル』である!  世界のバレエ団からトップダンサー達が集結して繰り広げられる夢のガラ公演は今年でもう13回目を迎える歴史のある舞台。上野さんは前回2009年より参加しているが、「前回は周りの参加ダンサーたちの存在感に圧倒されて、踊ることで精いっぱいでした」と、前回を振り返る。世界の一流のバレエ団で日々踊る人たちは、テクニックはもとより、その精神力が違うと痛感したのだそう。

■バレエフェスティバルの舞台を務めて、もっともっと"強い"自分へ。

 前回から今日までの3年間、自分の中にどんな変化があったのかと尋ねると、「...生きている分だけ、強くなっていく。当たり前のことですが生きている限りいろいろな出来事が起こりますから、それを経験として受け止めて、強くなっていかなければならないのだと思います」と、噛みしめるように言う。3年前のバレエフェスティバルの舞台袖で、緊張に身体が縮こまりそうになっている自分とは裏腹に"さあ、見てらっしゃい!!"とスポットライトの中に踏み出していくダンサー達を間近に見て、"強さ"の足りない自分を実感したのだという。「この3年間は常にそれを意識し、鍛錬を積んできたつもりです」

12thWBF-CurtainCall programB no 3710(photo_K Hasegawa).jpg世界バレエフェスティバル2009のカーテンコールより。Photo:Kiyonori Hasegawa

 しかも今回のバレエフェスティバルで披露するのは、パリ・オペラ座のエトワール、ジョゼ・マルティネス振付の傑作『ドリーブ組曲』、そしてローラン・プティの『タイス』である。前者は東京バレエ団とも親交の深いジョゼが喜んで水香さんのために提供してくれた作品、そして後者は、若いころに直接指導などを受け大きな影響を受けたローラン・プティの名作。もうずいぶん長い間プティの作品を踊ることの無かった水香さんにとって夢のようなチャンスである。「プティの世界はとても好きですし、踊っていてもわくわくします。特にこの作品は美しい音楽とゆったりとしたパ・ド・ドゥが特徴」。しなやかで優美な動きを得意とする水香さんには、ぴったりの作品。今回のフェスティバルでパートナーを務めるオランダ国立バレエ団のマシュー・ゴールディングとは、相性もいい。「このチャンスを与えてくれたバレエ団に心から感謝しています」
 体力的にはハードだけれど、水香さんにとって充実した夏が、始まろうとしている。

Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2012
『横浜ベイサイドバレエ』
演目:『ギリシャの踊り』『カルメン』『ボレロ』
出演:斎藤友佳理、上野水香、首藤康之、高岸直樹、後藤晴雄、長瀬直義、東京バレエ団
場所:赤レンガオープンステージ
日時:7月20日(金) ※雨天の場合23日(月)
21日(土) ※雨天の場合22日(日)
料金:S席9,000円、A席7,000円
問:ヨコハマアーツフェスティバル実行委員会 Tel.045-663-1365

世界バレエフェスティバル
会場:東京絵文化会館
Aプログラム:
8月2日(木)18時、3日(金)18時、4日(土)15時、5日(日)15時
Bプログラム:
8月11日(土)15時、12日(日)15時、13日(月)18時、14日(火)18時
料金:S席/25,000円、A席22,000円、B席19,000円、C席15,000円、D席11,000円、 E席7,000円
ガラ
8月16日(木)17時
料金:S席28000円、A席25,000円、B席22,000円、C席18,000円、D席14,000円、E席10,000円
問:NBSチケットセンター Tel.03-3791-8888
http://www.nbs.or.jp/
※上野水香さんはAプロ『ドリーブ組曲』、Bプロ『タイス』、ガラ『海賊』で参加します。

120626urano3.jpg『ボレロ』のポスターと一緒に。

うえの・みずか
神奈川県出身。5歳よりバレエを始める。1989年埼玉全国舞踊コンクール、ジュニアの部第1位。93年、15歳でローザンヌ国際バレエコンクールにてスカラシップ賞を受賞した後、モナコのプリンセス・グレース・クラシック・ダンス・アカデミーに2年間留学。
04年春、東京バレエ団に入団。フィレンツェにて『ドン・キホーテ』に主演し、東京バレエ団デビューを飾る。ドイツでは『ボレロ』を踊り、いずれも現地にて評判を呼んだ。
同バレエ団の主要な作品で主演を続けながら、V.マラーホフと『白鳥の湖』、M.ガニオを相手に『眠れる森の美女』『白鳥の湖』を、L.サラファーノフとはヌレエフ版『ドン・キホーテ』を、などなど世界のトップダンサーを相手に次々と名作を踊る。第11回世界バレエフェスティバル全幕特別プロ『白鳥の湖』でJ.マルティネスと共演、第12回世界バレエフェスティバルではM.ガニオ、D.マッカテリと共演し、特別プロ〈オマージュ・ア・ベジャール〉で『ボレロ』を踊った。また、ニューヨーク、ベルリン、ハンブルクなど海外のガラ公演にも多数、招聘されている。


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